「小説家になろう」純文学カテゴリーより新たな天才現わる! ―余命を売り買いできる世界で叫ぶ真実の愛―
「あなたの余命、3日ぶんを買い取らせていただきました」
店員が笑顔で頭を下げ、ネットバンクにお金が振り込まれる。
本作『君の余命、買い占めました』は、人が自由に余命を売り買いできる世界の話です。たとえばアイドルが自分の余命をファンに1分数百万円で売ったりできます。
主人公の青年・章吾は貧しいフリーター。幼い頃、両親が離婚し、男手ひとつで育ててくれた父が亡くなり、年老いた病気の母を引き取って世話をするヤングケアラーでもあります。
青年にはバイト先で知り合った彼女がいます。名前は楚良。楚良もまた貧しく、お風呂にお湯をためることもできません。電気やガスを止められ、数日分ぶんだけ余命を売って苦しい生活をやりくりしています。
社会の片隅で懸命に生きる二人は惹かれ合い、やがて恋人同士になります。お金のかからない慎ましいデートを重ね、小さな幸せを育んでいます。
実は章吾には、彼女の楚良に打ち明けていない秘密がありました。母の治療費を工面するため、自らの53年ぶんの余命を売却済みだったのです。購入者に余命が「移管」されるまでの時間、生かされているに過ぎません。
そんな青年をさらに悲劇が襲います。彼が余命を売って得たお金を母が持ち逃げし、失踪してしまうのです。章吾は母の病気が詐病(嘘)だったとことを知ります。
母に裏切られたショックと、自らの未来に絶望した章吾は、死に場所をもとめて夜の街をさまよい歩きます。余命を売却済みの青年に刻一刻と死の刻が迫り――
結末も含め、けっして明るい話ではありません。ただ絶望の闇に小さな希望の明かりを灯して物語は終わります。
なんだか読後にO・ヘンリー(1862-1910、アメリカの小説家)の有名な小説『賢者の贈り物』を読んだような気持ちになりました。
『賢者の贈り物』も『君の余命、買い占めました』も、貧困のどん底で懸命に生きる若いカップルを描いた哀しい話です。でもそこには不思議と希望がある。
本作には短編集で、表題作「君の余命、買い占めました」を含む、12本の作品が収録されています。
「君の余命、買い占めました」
「三代目彼女」
「孤独死クライマー」
「無職プロポーズ」
「耳の聞こえない風俗嬢」
「親子鑑定」
「車椅子のナンパ師」
「隣の席のモンスター社員」
「余命告知シミュレーション」
「死刑社会見学」
「おひとりさまレクイエム」
「叔母さんの遺品」
私はこの作家さんを以前から「小説家になろう」という投稿サイトで知っていました。不定期に作品が純文学カテゴリーに投稿され、一時期ランキング上位を独占していました。
純文学カテゴリーは、異世界モノが投稿されない「なろう最後の秘境」です。特に青井青さんの作品は、どれもあっと驚くどんでん返しがあり、最後は泣ける――まさに令和のO・ヘンリー現る!という感じでした。
ちなみに教科書に載っていたO・ヘンリーの『最後の一葉』 (The Last Leaf)とかが好きな人は、この作家ぜったい好きなはず。
12編の短編で描かれる人物たちは、雇い止めをされた契約社員とか、障がいのある風俗嬢とか、末期の乳癌を患った独身女性とか、誰もが困難な状況に置かれています。なのに、どの作品も結末は救われた気持ちになるのは、作者の弱者への温かい眼差しのせいでしょう。
特に私がオススメしたいのは「親子鑑定」という短編です。
あるところに妻と幼い娘と暮らす男がいる。彼は母親から「あんたと娘は顔が似てないね」と言われる。
実は、彼と妻はできちゃった婚(授かり婚)でした。母親は息子の嫁が「托卵」をして他の男の子を産んだのではないかと疑い、DNA鑑定をしないと実家の財産を相続させないと迫る。
「妻は本当に托卵をしたのか?」「娘は他人の子供なのか?」疑心暗鬼になった夫は…というお話。ミステリー仕立てで物語は進み、ラストはけっこう衝撃的です。親子とは何かを考えさせられます。
ちなみに、この作品は「小説家になろう」にまだ掲載されているので、興味がある人はぜひ読んでみてください(書籍の刊行にともない、削除される可能性があるのでお早めに!)。
親子鑑定(小説家になろう)
https://ncode.syosetu.com/n5837hh/
12本の短編に出てくる登場人物は、世の中の「普通」から少し外れ、社会の片隅で必死に生きている人たちです。結婚ができなかった人や子供が産めなかった人、正社員になれなかった人や社会に自分の居場所がない人……
でも「普通の人生」とやらが、大学を出て、いい会社に入り、結婚をして、子供に恵まれ、家を買い、積み立てNISAなんてやって、仲良く家族で暮らすことだとしたら、今のこの国で、「普通」ってなんてハードルが高いんだろう!
今、人生があまりうまくいっていないと感じている人、他人と自分を較べて焦っている人、自分に自信が持てない人、孤独を感じている人――そんな人はこの本をぜひ読んでみてください。ほんの少し勇気をもらえ、温かい気持ちになれるはずです。