ほたるぶくろ
柏柳明子
「名を返そう」記憶涼しく揺らめいて
片蔭にふはり気弱な妖(あやかし)よ
さるすべり溢れ知らない祖母のこと
夏座蒲団どこ吹く風の用心棒
滝壺へ運命落つる迅さかな
高貴な妖サイダーを所望する
朝焼に禁断の実のまるまると
三体に分かれ先生の炎昼
猫追へばアリスのごとし夏夕べ
「君は誰」短夜を目覚めてひとり
自転車の苦手な息子雲の峰
告白の低く始まるねむの花
母と子のほたるぶくろの時間かな
微笑みの揺れてレースカーテン揺れて
蟬声のもつとも強き木の洞へ
「レイコさん、うつせみ幾つ拾つたの」
さよならの光はじけし鱗雲
夜の秋家族の距離に馴染みつつ
八月の切り絵に透ける記憶かな
竜胆の濡れてしづかな羽の音