ほぼ皆既月食の夜

その日は夕方から宵にかけて「月の約98%が地球の影に隠れる」部分月食が予想されていた。ほとんど皆既月食に近い。140年ぶりの天体ショーだとかで、ニュースでも騒がれていた。

同日、外に出かけようと思っていたのだけれど、遠くで頭痛を感じていて、毎日の少しずつの無理が祟ったのか、家にいることにした。なんとなく体調が崩れるようなサインは感じていたので、その声に従うことにした。

午後2時過ぎに、仮眠をとるため布団に入った。

すると、月の夢を見た。

家の上空に、大きな2つの月が出ている。1つの満月は煌々と輝いている。もう1つは、あまりに巨大で、上空を覆うように接近しており、クレーターの地形まで肉眼で目視できる。この2つの月が、地球の大気と連動しあっているのだろう、まばゆく光ったり、虹がかかったり、刻一刻と表情を変えていく。そのあまりの美しさ、神々しさに、わたしは心を揺さぶられて、涙を流し続けている。眼前で起きているこの光景をどうにか記録したくて、カメラを起動させるけれども、画像には収まらない。この身体が月の磁力のような、引力のような衝動を浴びていて、その振動が、私を震えさせている。ソニックブームを受けている。周りにいる人間は、この、今上空で起きている天体ショーを気にも留めていないようだ。しかし同時に、遠くで、同じように打ち震えている人々の様子が、ヴィジョンとしてダイレクトに伝わってくる。同時多発的にこの感動を共有している人々の存在を感じる。

目を覚ました。

あたりはすっかり暗くなっていて、仮眠のつもりが、いつの間にか何時間も眠っていたようだ。恍惚とした感動が、まだ胸の中に残っている。身体も何となくだるい。しかし2つの満月の夢にどっぷり浸るだなんて、これはきっと前日に観たSF映画の影響だろう。やれやれと苦笑もする。

実際の天体ショーも見逃してなるものかと、月食を眺めるため急いで外へ出た。しかしあいにく上空はどんよりとした灰色の雲に覆われていて、実物を確認することはできなかった。しかし、この雲の上での天動をたしかに感じている。

昨夜は雲もない星空だった。月をほんの数分、眺めた。

躁鬱は潮の満ち引きだと捉える知人がいた。ならばこの私の体調の波も、精神的なリズムも、月に作用されてもいるのだろう。きっと摂理に順ずるのだ。


<了>



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