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村上春樹『使いみちのない風景』
村上春樹さんの『使いみちのない風景』を読んだ。本屋でタイトルを目にして惹かれて手に取った。
「使いみちのない風景」って聞いて、なんとなく想像はついた。写真や記憶に残っていて、見たり思い出したりすると感傷的な気持ちになるけれど、そこに意味があるかと問われるときっと何もないものだろうなって。
読み始めると、予想はだいたい当たってた。作中で「使いみちのない風景」の説明がさらっとされている。そこには「何も始まらない、ただの風景の断片があるだけ」とあった。
また、村上さんは、ある風景を思い出しながら、
「僕はあそこに三年間住んだんだな。あそこにはそのときの僕の生活があり、僕の人生の確実な一部があったんだな」
とも考えると述べている。共感した。
♢♦︎♢
誰にでも「使いみちのない風景」って山ほどあると思う。例えばバイト先の友達や先輩と飲みながら、ああでもないこうでもないと騒いだ居酒屋の個室。実家の最寄り駅から家までの道。仲の良い友達と飲んで、ほろ酔い気分で駅まで歩いた繁華街。街の一角にひっそりとたたずむ鳥居に向かってしっかりと立ち止まって一礼をするサラリーマン。自転車の後ろに取り付けられたカゴに、大人しく座って揺られる愛らしい柴犬。思いつきでドライブしたままたどり着いた人気のない公園。そこでバスケットボールでパスをしたり、白い山みたいな遊具に座って朝まで喋ったりしたこと。そこで薬指を骨折したことは内緒。人に連れ添ってなんとなく行った先で見た清々しい海もきっと忘れない。
そのような、人生の役には何も立ちそうにないけれど、ふとした瞬間に蘇る温かい風景が「使いみちのない風景」なんだと思う。
他には、誰かと過ごした記憶も「使いみちのない風景」に入ると思う。部活の友達と、毎日放課後にバドミントンに明け暮れたこととか。高校生のときだからいざこざだらけで煩わしさも感じたけれど、今となっては可愛らしい思い出だ。みんな大人になったかな、どうしてるかな。バイトメンバーの集合写真は、確かにあそこで働いていたという証拠。父母の写真を見ると、まだ離れて暮らして3ヶ月ほどしか経っていないのに、元気かなと考える。
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以前はここで、眠いと言いながら友達授業を受けていたことが懐かしい。
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あるいは「使いみちのない風景」というのは、風景だけじゃないかも知れない。誰かから言われた言葉とか、感触とか、行動とか。目に見えないものも「使いみちのない風景」に入ると思う。
記憶にあるのは、就活が終わると思った矢先、振り出しに戻って途方に暮れたときのこと。リビングで思わず泣いて(家族の前でも滅多に泣かなかった。泣く時は大体部屋に閉じこもって、布団にくるまって声を殺してた)、その日の昼ごはんに母親がインドカレーを買ってきてくれたとき。お母さんとは馬が合わなくて、それが原因で家を出たいと思っていたけれど、落ち込んだときにインドカレーを昼ご飯に買ってくるあたり、しかも静かに差し出すあたり、分かってるなって。ここでピザとか焼肉とかにしないあたり、母親だなと感心した。
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落ち込んでたらインドカレーを食べさせてください。
他には、ちょっと大人な内容だけど、夜寝るときに相手が見せた弱さも覚えてる。私を潰さないように腕で支えるんだけど上腕が震えているとか、余裕がなくなってきた表情とか。心から愛しいと思う。絶対に他の誰にも見せないで。そんなことは言えないけれど、少なくとも弱みはどれだけでも見せてほしい。
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この画像にぴったり。気が向いたら聴いてください。
Youtube:Flower Dance - DJ Okawari
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「使いみちのない風景」って、村上さんもいう通り、何の役にも立たないかも知れない。けれど生きる糧とか、心の支えにはなってくれるんじゃないかな。みなさんにとって「使いみちのない風景」って何ですか。良ければどこかで教えてください。