アッパーカット
日曜日、家内に、呼ばれて、トイレに行った。
掃除の仕方について、小言をもらうのかと思いきや、そうではなかった。
コジくん、便器の向こうに、ものが落ちたのよね。
拾ってくれるかな。
私が、身を乗り出して、便器の向こう側を覗こうとした瞬間、便器の蓋が、こうなった。
ゴン。
イテッ。
我が家のトイレには、センサーがついている。
便器の前に、人が立つと、蓋が自動的に上がるようになっている。
この蓋が、見事に私に、アッパーカットを食らわしてきた。
家内が、笑いながら、言う。
あらあら、ごめんなさいね。蓋が、上がっちゃったわね。
本来、お願いごとをする家内が、「ふた開閉」ボタンを押して、アッパーカットを阻止してくれれば良かったのだ。
だが、私にも、落ち度は、あった。
だから、何も言うまい。
笑って、便器の向こうに落ちた、トイレットペーパーを、取り上げて、笑顔で家内に渡した。
はい。
ありがとう。
トイレから出ようとした私を制して、家内が言った。
いやいや。本題は、これじゃないのよ。
あの、棚の中にある、便器の洗浄剤スタンプを、とってほしいのよ。
私、背が、届かないでしょ。
ここは、秘密の扉では、ある。だが、まかり間違っても、スナックは、入っていない。
棚の扉を開け、中を探してみる。すると、家内が、横から覗き込んできた。
ある? スタンプ。
その拍子に、家内の手が、ふた開閉ボタンに、当たった。
そして、開いたふたが、ちょうど、私の股間に当たった。
おうっ。うっ。
家内は、笑って、言った。
あ〜。ごめん、ごめん、ごめんなさいね〜。
心の中の、リトルkojuroが、私の耳元で呟いた。
怪しいぞ。これ、わざとかも知れない。
私は、家内に、ちょっと強い口調で言った。
ちゃんと、ふた開閉ボタンをおして、開かないように、しておいてね。
スタンプ、探して、とってあげるから。
家内は、笑いながら、言った。
おっけー、おっけっけー。
私は、入念に探したが、なかなかスタンプは見つからなかった。
すると、何を考えたか、一度ボタンを離した家内が、おっと、と言いながら、もう一度、ふた開閉ボタンを押した。
すると、ふたは、こうなった。
グウィーン。
おうっ、うっ。
またもや、命中だ。
私は、家内をちょっと、睨んだ。
真面目に、ね。探しているんだから、ね。
家内は、笑いながら、言った。
はい、はい、はい。は〜ああ〜い。
私は、もう一度、入念に、棚の中を探した。だが、スタンプは、見つからなかった。
そして、もう、諦めようとしたその時だった。
家内が、またもや、ふた開閉ボタンを、押した。
すると、こうなった。
今度は、ふたの先端に近い部分が、上から下に向けて、完全に、命中した。
おうっ、うっ、ほっ。
心の中の、リトルkojuroが、怒り気味に呟いた。
いまのは、わざとじゃないの?
私は、家内を少し睨んだが、家内は、ポンと、左の手のひらをこぶしで叩いて、言った。
そう、そう、そう。そうなのよ。違うところに、ストックしておいたのを、今、思い出したわ。
そう言い終わるか終わらないかのうちに、家内は、トイレから出て行った。
その瞬間、センサーが効いて、こうなった。
うおっ、おふっ、うっ。
またもや、とどめの、見事なアッパーカットが、命中したのだ。
うずくまる私の前に、スタンプを持って現れた家内は、満面の笑みである。
あった〜。あった。あった。あったった〜。
コジくん、ありがとね。つきあってくれて。
心の中の、リトルkojuroが、半分呆れて、呟いた。
ただ、遊ばれてただけじゃないの?
家内は、上機嫌である。
家内が上機嫌ならば、我が家は、平和である。
ちょっと釈然としないが、
これで、いいのだ。