カンドラ
昨日に続けて、義母の話を書こうと思う。
義母は、昔かたぎで、律儀で優しい人である。その義母だが、大好きなのは、ドラマで、少し前までは、「渡る世間は鬼ばかり」とか、朝の連ドラや、刑事もの、医療ものが好きだった。
ところが、孫の大学生、私から言えば、姪だが、その、姪から、お試しのネット配信のIDを共有されて、それを見るうちに、韓流ドラマに、つまり、いわゆる韓ドラに、すっかりハマってしまったのだ。
義母は、そのドラマを、スマホで観るのだが、最近、機種変更をした。
すると、途端に、家のWi-Fiに繋がらなくなった。
最初は、姪に、助けを求めたらしいのだが、恐らく、姪は説明しきれなかったのだと思う。義母は、取説を読みつつ、Wi-Fi設定の、最後の段階まで進んだものの、お手上げとなり、母の日の日曜日、夜23時以降になってから、家内に電話をかけてきて、助けを求めてきた。
家内は、そういう時、ズルいのだ。すぐに、私に、振ってくる。
少し、時を戻そう。
私は、自分の生活を、超早朝起床の生活にしている。だから、夜は、早く就寝するようにしているのだ。特に、週初めの日曜日の夜は、早く寝るように心がけている。
ところが、その日曜日は、長女から、20時過ぎになってから、あるミッションが出された。あるものを、自宅に持ってきて欲しいというのだ。
長女は普段、シフトが夜勤なので、深夜に帰宅する生活で、昼間、自由に動けないし、昼休みに何か所要をこなすなどというような、普通の勤め人ができるようなことに縁遠い。
もちろん、長女は、無理ならば、持ってこなくても良いからとの、注釈付きだったのだが、宇宙一、過保護な家内と私は、ホイホイと、夜中に車を高速で飛ばして、長女宅に向かったのだった。
その帰路、ちょうど長女宅から出発して、近くのコンビニに立ち寄ったところに、義母からの着信があったのだ。
小志朗(注1)は、スマホがブルートゥースで繋がる。つまり、家内のスマホで着信すると、車内に聞こえ渡り、スピーカーの指向性も、車内のどこで会話しても、通話者に聞こえるという具合になっている。
家内は、それを良いことに、すぐに、私に、振ったのだった。
ねえコジくん、教えてあげて。
乗り気がしない私と裏腹に、心の中の、リトルkojuroが、私を励ました。
コジ、今日は、何の日?
そ、それを言われると、何も言えねえ。
私は、決して、ネットワークに強いわけではない。むしろ、弱い方だろう。ただ、周りの人々が、あまりにもネットワークに弱すぎるので、消去法でいって、私がネットワーク担当にされてしまう。
義母の家のネットワークも、スマホの設定も、私のミッションだった。
このご時世になる前は、休みのたびに帰省し、あらゆるミッションをこなしてきたのだが、このご時世になり、義母と、実際に会ったり、村に入ることは、ままならなくなった。そうこうしているうちに、もう、1年以上になる。
案の定、最もやりたくなかった、通話のみでの、リモート説明で、義母のスマホをWi-Fiルーターに繋ぐミッションを、なんとかコンプリートさせねばならないという事態に陥ったわけである。
私は、義母と、かなりの時間、根気よく話を続けた。何度も、確認や、やりとりを繰り返しながら。
まず、ルーターの、IDと暗号化キー(パスワード)。
最初は、ピンボケの写真だったので、通話で一通り指南し、何とか意思疎通ができる程度の鮮明な写真に辿り着いた。
そして次に、実際のWi-Fi設定だ。そうは言っても、もう、最終段階には、きている。つまり、ルーターを選択し、パスワードを、打ち込めば、それで完了だ。
ところが、これを、年配の、ネットワークが苦手な義母に説明し、ある程度理解してもらい、指示に従ってもらうことが、なかなかの大仕事だった。
義母に、スマホの画面をスクショしてとか、マルチウインドウで、会話しながら画面を操作して、なんていう要望は、通じようがない。
つまり、いちいち通話を切って、試してみて、結果と経過を聞いて、次の段取りを説明して、そして、また、再チャレンジする。その、繰り返しだった。
最後に困ったのは、Wi-Fiに、首尾良く繋がっているのかどうかの確認だった。
いくら説明しても、通じない。理解できない。温厚な義母も、だんだんと、痺れを切らしてきた。
そして、私は、この写真を、義母に、LINEで送ったのである。
このマークが、画面の左上に、出ていたら、繋がっていますから。
大丈夫でしょうか?
義母は、こう、こたえた。
扇が、でてるわ!
ありがとう!
義母は、私と同じく、超早朝起床の生活実践者だった。
朝の4時には、雨戸を開き、トイレ掃除を終える。朝食の準備をしつつ、5時には、新聞を公民館に取りに行く。
一連の基本動作を、土日を含めて、欠かしたことがなかった。だから、もう、22時には、グッスリと寝ているはずの、人だった。かつては。
一連のやりとりを終えたときには、もう、0時をまわろうとしていた。
心の中の、リトルkojuroが、呟いた。
人は、いくつになっても、情熱で、変われるものなのだな。
恐らく、義母は、翌朝早くから、韓ドラを、観ていることだろう。
私は、少し疑問があったので、家内に、聞いてみた。
どうしてお義母さんは、韓ドラに、ハマってしまったの?
すると、興味深い答えが返ってきた。
たぶん、字幕だと思う。
ん?字幕?
最近、字幕が無いと、テレビが観られないのよ。耳が、遠くなってきて。
そうか。
テレビやドラマを、生で見るときは、いいのよ。字幕が出るから。
でも、録画すると、字幕が出ないから、ネット配信の韓ドラならば、絶対に字幕がつくでしょ。
だからだと思うよ。
ふーん……。
心の中の、リトルkojuroが、ボソッと呟いた。
だったら、洋物ドラマでも良いのに。
なぜ、韓ドラ?
家内が続けて言った。
いつも、言っているわ。
男の子も、女の子も、みんな、顔が綺麗なんだって。
……。
私が会話しているあいだに、家内が運転し、我が家に着いた。
家内は、にこやかだ。
我が家は、家内が上機嫌だと、明るく平和である。
そして、義母も、にこやかに電話を切った。
少し、慌ただしかった母の日が、静かに過ぎた。
だから、言おう。
これで、いいのだ。
(注1)我が家の車には、小志朗=こじろう、という名前がついている。