ベランダ
私の家庭での大きな役割は、水回りの掃除である。ただ、もうひとつ、大きな役目を、ここ半年ほど忘れていた。
それは、ベランダの掃除である。
引っ越してきて数年経った、9月のある日、家内から言われたのだ。
そろそろ、また、ベランダの掃除、お願いします。
その前の掃除から、半年以上経っていた。感覚的には、そろそろやらねばならない時期だろう。私は、心の中の嫌がるリトル私を抑えつつ、
そうだ、ね....。
と、こたえた。
すると、家内が言葉を継いできた。
Eさん、知っているよね。旦那さん、ユニークな掃除の仕方をするんだって。
ふーん。どんな?
あのね、台風の日に、敢えてやるんだって。
ん?
ガンガン雨が吹き込んでくる間に、デッキブラシでゴシゴシ。床をやって、溝も、スポンジで、ゴシゴシ。
ほーう。
で、それを私に、やれと?という質問は愚問なので心の中に押し込めた。
その週末、ホームセンターでデッキブラシと、車を洗う時の大きなスポンジ。そしてしつこい泥をこそぎ落とすためのヘラを購入した。
そして翌週、その、台風の日がやってきた。かなりの雨を伴う、大型の台風だ。
夜、暴風雨の中、私は意を決してベランダに出た。そして、かなりの時間をかけて、床も溝も綺麗に掃除をやり終えた。部屋に入ろうとして窓をあけようとすると、ガラスの向こうで家内が大袈裟に首を振っている。なんだか言っているようだ。
.....いで、.....を、.....いで!
ん?なに?
よく聞くと、どうも、服を脱げと言っているようだ。
確かに、ビショビショである。でも、ベランダ掃除の功労者に、なんたる仕打ち...。ちょっと顔には出たが、言葉は謹んで、その指令にしぶしぶ従った。
服を全部脱ぎ、家内が開けた、一瞬の窓のあいた隙間から体を横にしてするりと部屋の中に滑り込んだ。床には何枚かのバスタオル。その上に乗り、体を拭くために渡された大きなバスタオルで体を拭いて、水が滴らなくなってからお風呂に駆け込んだ。
思い返すと、台風の夜にわざわざベランダに出てせわしなく掃除をし、最後には妻に締め出しを喰らいながら全裸になって一瞬の隙間から家に滑り込む闇夜のオヤジ。ちょっと怪しい構図だ。
こういう過酷な掃除を、今まで何度となくやってきた。最近、天気予報を見て知ったのだが、今年は、台風はひとつも上陸しない可能性があるらしい。週末から来週にかけて14号が近づいてはいるが。そのニュースを見て、ふと思ったのだ。
14号が来なければ、台風の夜の全裸掃除は、もう、引退しよう、と。