靴磨き
このご時世になる前には、きちんと、週末、靴磨きをしていたのだ。だが、急に、強制的にテレワーク主体の時代になった。
靴を普段、使わない時期があった。だから、リズムが乱れてしまった。
この靴も、長男から譲り受けた靴だ。
去年の年末までもてばいいかと思っていたが、ここまで、履いている。
だが、今は、ほぼ毎日出勤している。仕事の都合で。
そして、今年に入って、靴磨きを全くしていないことに、ふと、気がついた。
すると、靴も、当然のことながら、かなり傷み、汚れてきていた。
心を入れ替えて、せめて、靴磨きくらいは、しよう。
靴磨きとはいっても、そんなにきちんとするわけではない。が、少し、週末にメンテナンスするだけでも、モノの寿命は、随分と、違ってくる。
私は、気に入ったものに、名前をつける。この靴には、また、名前をつけている。
コッツ、だ。
心の中の、リトルkojuroが、ボソッと、つぶやいた。
なんだか、安易なネーミングに思えるが。
気のせいかな。
コッツには、年末まで、頑張って欲しい。底もすり減っているので、ひょっとしたら、修理に出さねばならないかも知れない。そしてその時に、もう、寿命だと言われてしまうかも知れない。
年末までもつかとどうかは、正直、分からない。
でも、何とか、もってほしいものだと、思うのである。
決して高価ではない。でも、ひとつひとつ、思い入れのある、私にとっては、ストーリーのある、ものなのである。
モノにもつ、私の思い。
その思いを感じて、モノは、それぞれ、仕事をしてくれる。
ひとつひとつに、感謝をしつつ、使っている。
モノに魂があるのかどうかは、私には、わからない。
だが、こちらが魂をこめて使えば、モノは、それにこたえてくれる。
どうせ使うならば、いいモノを、手入れしながら、長く使おう。思い入れのある生活を、モノと共にしていこう。
すり減ってきた靴。いや、コッツを磨きながら、私は、そんなことを思った。