筋斗雲
我が家には、ここ25年ほど、筋斗雲のクッションが、あった。
この筋斗雲。随分昔のことだが、幕張新都心のゲームセンターで、カプセルクレーンの一等の商品だった。
長男が、まだ小さかった。幼稚園の年少さんくらいの年齢で。その当時、ドラゴンボールがテレビで放映されていて。長男も、観ていたのだ。
私は、クレーンゲームは、得意でも苦手でもない。だが、あまりわがままを言わない長男が珍しく、この筋斗雲が欲しいと言うので、チャレンジすることにした。
家内も一緒にいたのだが、家内は、どうせ当たりっこないんだから、やめておきなさいと言ったと記憶している。
ダミーカプセルを選り分けて、くじが入っているカプセルを狙う。いくつか狙えるものがある中で、ひょっとしたらこれかも知れないと、勘を働かせて狙いをつけ、一発で掬い上げた。
カプセルを開けると、中には、クジが入っていて。
ゆっくりと紙を広げると、なんと、一等賞。筋斗雲をゲットした。
私には、あのときの、長男のびっくりした顔と、嬉しそうな表情が忘れられない。
それから25年間、私の身の回りに、この筋斗雲は、あったのである。
先日、3月の下旬に、布団を洗濯しようと思い立ち、この筋斗雲のクッションも洗濯することにした。
ところが…。
洗濯機から出した時は、まだ、大丈夫だったのである。
ところが、乾燥機で回している間に、破れて、中身が散乱して出てきていた。
心の中の、リトルkojuroが、ボソリと、呟いた。
クッションは、洗濯も、乾燥もだめだと書いてあるじゃん。
………。
私は、ショックだった。
夜になり、長男に、電話で事情を説明した。そして、
大事な思い出を、無駄にしてしまって、申し訳ない。
そう謝ると、長男は大笑いして、言った。
何も気にしていないよ。捨てて。
……。
私は、今だに、筋斗雲に別れが言えていない。かと言って、修繕しても、いない。というのは、私は、裁縫ができないのである。今の私の力では、修復は、不可能だ。
そして、最近、心に決めた。
いつか、裁縫ができるようになったら、修復して、私の座るソファーに置こう。私の、心の癒しとして。それまでは、ちょっと隠れた場所に、静かに保管しておこう。
家内は、あるプロジェクトに参画していて。仕事が忙しくて、事務所の側のホテルに寝泊まりしている。日曜日の深夜に戻り、月曜日の昼過ぎにはまた、ホテルに泊まりに行って、そこで仕事をしているのである。
マッサージは、とんと、しなくなった。そのかわりに、家内の健康のことを心配をしている。これならば、マッサージをしているほうが、よほど良かった。
心の中の、リトルkojuroが、ボソリと、呟いた。
さっちゃん(注1)なら、こう言うよ。
筋斗雲はいいから、金と運を、どうにかして手に入れてよって。
やりとりからすると、さっちゃん(注1)は、元気なようである。そして、プロジェクトがひと段落したので、来週には帰宅して、通常勤務に戻るのだという。
だから。
これで、いいのだ。
(注1)我が家の家内の呼称は、「さっちゃん」である。さっちゃんは、女王陛下という別の呼称もある。だが、リキとの関係で、そもそもの飼い主が長男であることから、私は、おじいちゃんだが、家内に対して「おばあちゃん」なんて呼び方は、まかり間違っても、してはならないのである。