アンティキティラ島の機械(古代アナログコンピューター)
皆様、アンティキティラ島の機械ってご存じでしょうか。
これは、紀元前150年~100年の古代ギリシャ時代に作られた天体運行を計算するために作られた歯車式の装置です。30~72個もの大小の歯車が内部に設置されていて、クランクを回すと太陽や月に見立てた天体モデルが動きだし、自動で運航行路をはじき出すと言う大変すごい物です。地動説はコペルニクスが1543年亡くなる直前に「天体の回転について」を刊行するまでは天動説でしたので、当然この機械も当時の天動説を前提として作られていますが、コンピューターシミュレーションをしてみると、実に正確に動くらしいです。他にもソティス周期に基づく一年間のエジプト製カレンダーを使用していて、黄道12宮の各記号も書かれているとの事です。
この機械は1901年にアンティキティラの沈没船から回収されましたが、その複雑さや重要性は何十年間誰にも分かりませんでした。紀元前150年~100年に作られたと考えられ、同様な複雑さを持った技術工芸品は、その1000年後まで現れることはなかったそうです。
実物はアテネ国立考古学博物館の青銅器時代区画にデレク・デ・ソーラ・プライスによる復元品と共に展示されています。その他の復元品は米国モンタナ州ボーズマンのアメリカ計算機博物館、マンハッタン子供博物館に収められています。実物は以下の写真みたいな感じです(画像転載元 : http://livedoor.blogimg.jp/qloiolp/imgs/e/a/ea26b534-s.jpg)。
左が博物館で展示されている状態の沈没船から引き上げられたものです。大分腐食が進んでいますが、かなり精巧そうな感じです。これをコンピューターグラフィックスで復元してみたのが右のイラストです。円に見えているものが全て歯車です。
CADで製図した図面はこんな感じです(画像転載元 : https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Antikythera_mechanism.svg 見やすいように横向けに加工、ヘッダー画像でも使用)。
上の図面の円で描かれているのが全て歯車で、言わば現代のアナログ時計の複雑版といった感じです。アナログ時計も内部機構はかなり複雑ですので、天体運動を歯車でシミュレーションするのはなかなか大変なのは想像に難くないと思います。
実際の大きさは高さ約13センチ、幅15センチ、大人の手のひらを広げた程度のコンパクトなものです。その複雑さは特筆すべきもので、18世紀の時計と比較しても全く遜色ないものです。装置には主な表示盤が3つあり、1つは前面に、2つは背面にあります。前面の表示盤には2つの同心円状の目盛が刻まれていて、外側のリングはソティス周期に基づく365日のエジプト式カレンダーまたはソティス年を表示します。内側の目盛りにはギリシャの黄道十二星座の記号が刻まれていて角度により区切られています。この暦ダイヤルを4年に1回1日分戻すことにより実際の1太陽年(約365.2422日)との誤差を補正することができるようになっています。注目すべきは、最古の「うるう年」を含んだ暦であるユリウス暦の成立は、この機械が作られた100年後の紀元前46年だということです❗️
前面の表示盤は少なくとも3つの針を持ち、1つは日付、残りは太陽と月の位置を示していました。月の表示針を動かして月軌道の真近点角が求められます。太陽についても同様の機能があると想像されますが、該当する歯車は発見されておらず定かではありません。前面の表示盤には第二の機能として球体模型を使った月相表示機能があります。
最初沈没船から引き上げられ見つかったときは何のために使うものやらさっぱり誰にも分かりませんでしたが、発見されて何十年も経ってから、やおら「この機械は太陽や月の運行を予測する、極めて精度の高い天文観測機械である」と言い出したのが、物理学の権威であり、科学機械史の専門家、ケンブリッジ大学のデレク・デ・ソーラ・プライスという先生です。なんと、この精巧な機械はデファレンシャル・ギア(差動歯車)が使われていることをこの先生は突き止めました。なお、デファレンシャル・ギアは自動車に使われている有名な歯車で、デフと言った方が車好きの方には分かりやすいかも知れません。二つの回転輪の動きの差を連続的に検出し動力を振り分ける装置で、自動車では車がカーブを曲がる時に内輪と外輪の回転数の差を吸収しながらエンジンの動力を均等に伝える役割で使われています。アンティキティラ島の機械では、角速度を加減できる差動歯車を装備し、月の動きの効果から太陽の動きの効果を差し引いて、月の満ち欠けを計算することができたとのことです。
なお、この差動歯車が発明されたのは16世紀になってからです。さらにさらにとんでもないことに、この機械は「遊星歯車」まで使っています。この遊星歯車機構は18世紀のジェームズ・ワットが発明したものです。なお、遊星歯車もまた現代の自動車のオートマチックトランスミッション(AT)やトヨタのハイブリッド自動車プリウスの動力分割機構で欠かせない重要歯車です。下図は遊星歯車機構の説明図です(画像転載元 : https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%81%8A%E6%98%9F%E6%AD%AF%E8%BB%8A%E6%A9%9F%E6%A7%8B )。少し説明致しますと、遊星歯車機構は、入力軸2つ、出力軸1つの3本の基本軸からなり、これらの入力軸をの1方を固定したり、少しづつ動かしたりすることで、出力軸の歯車の回転数を連続的に自在に操ることができるので、自動車の変速機にはうってつけの歯車となっています。
この機械は当時最先端の天文学と数学と精密工作技術を駆使して作られたと見られ、わずかにずれた軸と溝に入ったピンとで連結された二つの歯車を含む、画期的な歯車群により月の位置と月の相が示され、ヒッパルコスの理論と、角速度に関するケプラーの第二法則(ケプラーは16世紀のドイツの天文学者です)の良好な近似に従って月の移動速度は変化し、近地点近くでは速く、遠地点は遅くなるという芸の細かさです。
ヒッパルコスは紀元前190年~120年頃の古代ギリシャの天文学者で、春分点歳差(歳差運動の一種)を発見しました。また、ヒッパルコスは注意深い観測によって古代ギリシャ天文学に幾何学的データを導入した人と言われています。なお、現代では年周視差の精密測定を行うため1989年8月8日に打ち上げられた人工衛星は、ヒッパルコス衛星と名付けられております。
ケプラーは、ティコ・ブラーエの観測記録から、太陽に対する火星の運動を推定し、以下のように定式化しました。
第1法則(楕円軌道の法則)惑星は、太陽をひとつの焦点とする楕円軌道上を動く。
第2法則(面積速度一定の法則)惑星と太陽とを結ぶ線分が単位時間に描く面積は、一定である(面積速度一定)。
第3法則(調和の法則)惑星の公転周期の2乗は、軌道の長半径の3乗に比例する。先に、第1法則および第2法則が発見されて1609年に発表され、後に、第3法則が発見されて1619年に発表されました。
アンティキティラ島の機械のとんでもなさ、お分かり頂けましたでしょうか。ゆえにこの機械は古代最高のアナログコンピューターと言われており、そのあり得なさ具合から(ユリウス暦はこの機械が出来た100年後にできたもの、デファレンシャル・ギアは16世紀になって発明されたもの、ケプラーの法則が発表されたのは16世紀になってから、遊星歯車に至っては18世紀にジェームズ・ワットが発明するまで歴史上全く登場せず)、また、今みたいなコンピューター制御の工作機械もない時代に極めて精巧な歯車を造り大人の手のひら大に収め込んだ超精密工作技術からも古代オーパーツだとも言われています。自分が思うには古代ギリシャ文明が凄すぎで、それをきちんと伝承できずに歴史上途中でプッツリ途切れていたので、このようなあり得ない感じになってしまったのだと思いますが、古代史というのは本当に面白いものです。
なお、ちょっと昔の昭和の機械式プラネタリウムは、このアンティキティラ島の機械とほぼ同様のものです。
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