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必要ないものだからゲームは面白い

普段は、世代間を問わず中立な記事を書くように心がけているのですが、
たまには、”老害” 的な意見も書かせてください。(^^;

以前、ある e-sports の動画を観ていたとき、ゲストの e-sports 選手が
”このゲームの社会的意義” みたいなものを語り出したのです。

そういうのを見るたびに、私は
「白けるなぁ…」と思ってしまうのです。





《私たちは生活に必要ないものを作っている》

私が勤めていたゲーム会社の社長が、繰り返し言っていた言葉です。
これは、ゲーム業界の不安定さを警告する意味もありますが、

だからこそ、ゲームは面白いものになる

という本質を突いた言葉でもあるのです。


◎ユーザーは無駄なことにお金と時間を使う

生活必需品、例えば食料品であれば、多少期待外れでもユーザーから文句を言われることはありません。

ちょっと期待した味じゃなかったけど、腹が膨れたからいいか。

特に食料品の場合は、なければ生きていけないので、
「お金と時間が完全に無駄」となることがないのです。

素材提供:Adobe Stock

しかし、ゲームは期待した以上のものでないと

俺のお金と時間を返せ!

となってしまうのです。

素材提供:Adobe Stock


◎社会的意義がなくても遊んでもらうには

もし、ゲームに社会的意義があるのなら、開発者は以下の様な考えに捕らわれるようになるでしょう。

・社会的意義があるのだから受け入れてもらえるはず!
・社会的に正しいのだから文句を言われるはずがない!

けれど、そんなことは起きません。
ゲーム開発者は、「魅力」そして「面白さ」で勝負する以外ないのです。

ゲームが生活に不必要なものだからこそ、
開発者は「それでも遊びたくなるゲーム」を作るために情熱を注ぐのです。

素材提供:Adobe Stock

そして、その情熱が、ときとして「とてつもなく魅力的で面白いゲーム 」を生むのです。


《浅い経営理論には注意》

経営理論を勉強していると

  • 社会貢献マーケティング

  • グリーン・マーケティング(環境配慮)

という手法が出てきます。ようはイメージ戦略ですね。
マーケティングとして好きにやればいいのですが、それが主軸になってはいけません。

そのマーケティングをすれば売れる!などという商品はありません。
ゲームであれば、なおさらです。

(筆者のぼやき)
昨今では「このゲームを批判する人はレイ○スト!」などと発言するゲーム会社もあるようですね…
「白ける」を通り越して「呆れる」になってしまいます。

ゲームに無理やり社会的意義を付ける必要はありません。
「ゲームは社会的意義のあるもの」という考えは、ゲームの品質そのものを劣化させてしまうからです。



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