センスは遠回りをすることでしか得られないのかもしれない | 〜村上春樹さんの音楽エッセイ本を読んで
小説家・村上春樹さんの音楽エッセイ本『意味がなければスイングはない』をまさに昨日読み終えました。村上春樹さんの好きな音楽家についてひたすら語られている音楽エッセイ本で、ジャンルはジャズ、ロック、クラシック、J-POPなどさまざまでした。
文庫本で約330ページ。特別文字が小さいと言うこともなく、いつもであれば2〜3日くらいで読み終わる量です。
でもこの本は違った。
お正月くらいに本屋で見つけて買って、ようやく2月の初めに読み終えました。読み終わるのに実に1ヶ月ほどかかっているというわけです。
豊富な知識量と磨き抜かれた文章表現に圧倒
なぜこんなに時間がかかってしまったかというと、まず私自身が本著で語られている音楽について全くと言って良いほど無知で、村上春樹さんのマニアックな考察・分析についていけなかったこと。それに加えて自分の語彙力不足でまるで外国語で読んでいるときのように何度か読み返さないと意味を理解できなかったことにあります。
この本を読んでいて一番驚かされたことはとにかく村上さんの表現力の豊かさと語彙力の豊富さです。
村上さんの作家としてのキャリアはこの本を書かれた時点で約30年ほど。一方で、まぁ人並みに小説や数冊の自己啓発本なんかは読んできたくらいの私の中にある語彙力や文章表現などと比べたらそれは圧倒的な差があって然るべきです。
そうであっても、音楽という目でなく耳で感じたものについてこれだけ文字に起こして表現できるものかと圧倒されました。そして、「私もこんな風に自分で見聞きした芸術を表現できるようになりたい」と強く思いました。
千里の道も一歩から。本物のスキルとセンスはたくさんの寄り道でできている
さて、そんな本著で一番私が印象に残っているのは実は本編よりもあとがきの方。ここでは村上さんがこの本を執筆するに至った経緯や、村上さん自身がどのように音楽と付き合ってきたのかということが語られています。
意外だったのが、村上さんは両親が音楽好きだったとか、周りの友達の影響で聴くようになったとかそういうわけではないそうです。これだけ音楽に詳しいので、きっと誰かしらの影響を受けてその人に色んなことを教えてもらったのかと思っていましたが、どうやらそうではないらしい。
僕の両親は音楽をとくに好む人々ではなかったし、子供のころには一枚もレコードがなかった。音楽を自然に耳にする環境ではなかったということだ。それでも僕は「独学」で音楽を好むようになり、ある時期からは真剣にのめり込んでいった。
引用:村上春樹『意味がなければスイングはない』(文春文庫、2008年)
そしてそのあとこう綴られています。
良い音楽であれば、ジャンルはなんでもよかった。クラシックでも、ジャズでも、ロックでも、選り好みすることなく片端から聴いた。
〜中略〜
それが良質な音楽であれば進んで耳を傾けるし、優秀な音楽であれば深く感動もする。その感動によって人生の質が明らかに変更を受けたことだってあった。
引用:村上春樹『意味がなければスイングはない』(文春文庫、2008年)
私はここに一つの真実があるような気がしました。それは、「本物の実力・センスを身につけたくば、遠回りをしなければならない」ということ。
とにかく情報が氾濫している現代。それだからか、みんなどうしても役に立ちそうなスキルを、なるべく最短で得たいと思う傾向が強いように感じます。
かく言う私だって同じです。
なるべく苦労はしたくないし、無駄足は踏みたくない。
英語はさっさと身につけたい。
映画は1回1500円もするし2時間も時間が取られるから確実に面白いものを選びたいと思うし、本なんかは特に失敗したくない。
昨今問題になった映画のまとめ動画が流行ってしまうのも、もちろんいけないことであるとはわかっているけれど、納得はいくのです。みんな時間を無駄にしたくないんだ。
でも本当に役に立つ本物のスキルを身につけたいのであれば、いっぱい失敗していっぱい成功しなければならない。センス(審美眼)を磨き上げたいと思うのであれば、良いものも悪いものもなんでもたくさん触れないときっと手に入らない。
ショートカットすることで得たものは所詮付け焼き刃程度でしかなく、本当の力はきっと手に入らないような気がします。
私はもっと文章表現力を磨きたいと思っています。私は音楽・映画・演劇・絵画・小説といった芸術が大好きです。これを味わい尽くすことこそ私の人生の目的であると言ってもいいくらい。そんな芸術を、豊かな文章表現で書き表すことができたらどれだけ素晴らしいことだろう。
だから私は時間をかけることにしました。無駄足を、たくさん踏むことにしました。映画でも小説でも、とにかく色んなジャンルを貪るようにみていこう。
そして、ひたすら文章を書いていこう。昔から書くことが苦手な私。文章もまだまだ格好がつかず不細工です。でも恥を晒した先できっと何かを得られるはず。焦らず、地道に、遠回りをしようと思います。