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なにかをきっかけに見える世界が変わってしまう恐怖 | 〜平野啓一郎『透明な迷宮』を読んで
平野啓一郎さんの短編集、「透明な迷宮」を読みました。「透明な迷宮」はその中の1作品。
たまたま地元の図書館で見つけ、2~3ページ読んだところで続きが気になったので本屋で購入しました。
実はこれが私にとって初の平野作品。先日記事をアップしましたが、平野啓一郎さんの「空白を満たしなさい」という作品がドラマ化されたものを見て以来、彼が気になる存在になっていました。
(じゃあ「空白を満たしなさい」じゃないのかよ!とも思われてしまいそうですが…笑)
お盆の旅のお供にもっていき、行きと帰りの新幹線で一気読みしました。
不思議で、怖くて、なんだか苦しい。
どの作品もそんな印象を抱きました。
とくにゾッとしたのが、最後に掲載されている「Re:依田氏からの依頼」。
依田という劇作家が、羽田空港から自宅へ戻るタクシーで事故にあい、妻を失う。依田はその事故をきっかけに、時の流れが異様に遅く感じるようになってしまいます。
原因は不明。
水道から落ちる水の速度、周りの人が喋っている声、人の動き、すべてがスローモーションしているように見えてしまうという現象。
こんな状態になってしまったことで彼は劇作家という職から屈辱的に引きずりおろされることとなり、日常生活もままならず、ほとんど廃人のようになってしまいます。
現実世界でここまでの怪奇現象は起きないと思います。でも、なにかの事件・事故、出来事をきっかけに自分の中の世界が変わってしまうことはありませんか。
それこそコロナウイルス蔓延は、日本どころか世界中の人々を変えてしまったのではないでしょうか。
突然在宅勤務をすることになり、これまでと仕事の仕方ががらりと変わる。
人によっては、自分の仕事の価値そのものを疑うようになったのではないでしょうか。
これまで築きあげてきた価値観が、生活が、ある出来事をきっかけにひっくり返る。そして一度ひっくり返ると、なかなか元には戻らないものです。
この物語の最後に依田は「いま、わたしたちが交わした1、2分のやりとりはどれくらいに聞こえているのですか」と聞かれる。
「二時間くらいです。」
こう答えて物語は終わりを迎えます。
彼の症状は作中治ることはありません。
読者としては、モヤモヤを抱えて本を閉じることになりますが、元に戻ることはないというのは、かなり現実的な結末でもあるなと思ったり…。
現実世界ではなかなか起こり得ないような物語ではえりますが、不思議とリンクしているようにも感じられて、まさに純文学の醍醐味を味わえました。