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書くという行為が人生を紡いでいく。

今日文章講座入門、というものに参加しました。


今までの私は特別書くことを学んだわけでもなく、自分でハッと気づいた心の機微を人に伝えたら、どなたかの気づきも促されるかもしれない、自分だけで終わらせてしまうのはもったいない、


自分が得た気づきを循環させていきたい、という思いがありました。


自分のためは人のため。  
人のためは自分のため。


この感覚が促進されてから余計に発信したい、と思うようになりましたが、はて、私の文章はどのように届いているのだろうか?


もっといい届け方があるんじゃないだろうか?


そんなことを最近感じていて、文章講座を受けました。


講義のお話しは、ヨガやあらゆるセラピー、学びで私が感じてきた概念に、ピタリとリンクしました。


コアの部分って、なんにでもリンクするんだな!と新たに改めて感じました。


そして、ワークをしたあと、なんだか私の中でスッキリと浄化されたような感覚がありました。


こうして自分以外の他者向けに文章を書くのと、このテーマで書くと決めて、自分だけに向かって書くのは、心に響く場所が違う、と気づきました。


今までもジャーナリングをして、自分の本心に気づきハッとすることがありましたが、ジャーナリングはテーマを決めずにただただ書いていきます。


今日はテーマがあったので、短い時間であっても、自分が向き合わないできたことを書くという行為をしたら、あと心が軽くなるを体感しました。

セルフセラピーとでもいうのでしょうか?


書くという行為には、いろんな目的があるのだけれど、明らかに人生を、自分を変えていく力のある行為です。


地味なようでいて、すごい行為だよな、としみじみと感じ入りました。


この気づきと学びを糧にして、今日も書くという行為で人生を紡いでいきます。


お読みいただきありがとうございます。

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