『ハーモニー』伊藤計劃の著作:調和が支配する社会が見せる未来の危うさと「人間性」の深層に迫る長編SFミステリー
「すべてが調和する社会」とは、本当に幸せを約束するものなのか?
21世紀後半、人類は〈大災禍〉と呼ばれる世界的な混乱を経て、見せかけの優しさと倫理が支配する“ユートピア”を築きました。
健康、平等、倫理が徹底されたこの社会には、病気や戦争といった「不幸」の影がありません。しかし、その代償として失われた「自由」や「個性」こそが、人間としての本質を問い直すべき対象ではないでしょうか。
この問いを圧倒的な筆致で描いたのが、伊藤計劃氏の『ハーモニー』です。本作は、哲学的なテーマを抱えつつも、ディストピアSFやミステリのスリリングな展開で読者を虜にします。
あらすじ
〈大災禍〉を経た人類は、個々人の健康状態を管理し、倫理を重んじる統治システム「WatchMe(ウォッチミー)」のもとで生きています。
このシステムは、個人の健康だけでなく精神状態や行動までをも監視し、「調和」を何よりも優先する社会を作り上げました。
そんな中、13年前に起きた3人の少女による「餓死の決意」は、この社会の歪みを象徴する事件でした。しかし、そのうちの一人、霧慧トァンだけが生き残ります。成長した彼女は世界保健機関(WHO)の監察官として、医療社会を支える重要な役割を担っていました。
しかしある日、世界各地で集団自殺が発生します。その現場には、死んだはずの友人の影がちらつきます。この事件をきっかけに、トァンは社会の根幹に潜む謎に挑むことになる。
登場人物
霧慧トァン
主人公であり、WHOの監察官。13年前の事件から生き残った少女。社会の「調和」に違和感を抱きつつ、表向きはその枠組みの中で生きています。
御冷ミァハ
トァンの友人であり、餓死を選んだ少女のひとり。彼女の存在が物語の核心に迫る鍵を握ります。
楢崎キアン
もうひとりの友人で、トァンやミァハとともに13年前の事件に関わりました。集団自殺の背景に彼女の過去が関わっている可能性があります。
調和社会の危うさ
伊藤計劃が描き出す「調和社会」は、一見すると理想郷に見えます。
「WatchMe」による徹底した管理のおかげで、人々は健康で倫理的です。しかし、それは本当に「幸福」なのでしょうか?
たとえば、身近な例として、スマートウォッチを思い浮かべてください。毎日運動量や睡眠時間を記録してくれるこのデバイスは便利ですが、もしそれが「行動の指針」として強制され、逸脱するたびに罰せられるとしたら?
そんな社会では、個人の自由はどこにあるのでしょうか。
ミステリー要素とスリリングな展開
『ハーモニー』は哲学書ではありません。物語は次第にミステリの色彩を帯び、読者を息もつかせぬ展開へと導きます。
集団自殺の背後に潜む巨大な陰謀、トァンが見つける手がかりの数々。伊藤計劃は、冷徹な描写と緻密なプロットで、調和社会の裏に隠れた真実を暴いていきます。
現代社会との接続:ホワイト社会化の進行
現代の「ホワイト社会化」とも言える風潮は、『ハーモニー』が描くユートピアに近づいているかもしれません。
たとえば、SNSでの自己検閲や、健康管理アプリの普及。私たちは知らず知らずのうちに、監視されることに慣れつつあるのではないでしょうか。
伊藤計劃氏は、この「馴れ」に対して警鐘を鳴らしているように思えます。
最後に:再び全体像を見直す
『ハーモニー』が問いかけるのは、調和社会の本質だけではありません。「人間らしさ」とは何か、「幸せ」とはどこにあるのか。
哲学的な深みとエンタテイメント性を兼ね備えたこの作品は、日本SF文学の中でも特に輝きを放つ一冊です。読了後、あなたは「自分が今生きる社会」に対して、新たな視点を持つことでしょう。
まとめ
『ハーモニー』は、哲学とエンタテイメントの見事な融合です。
読後には、現代社会の在り方や未来の方向性について深く考えさせられることでしょう。この機会にぜひ手に取ってみてください。あなた自身の「ハーモニー」とは何かを見つける旅が始まるかもしれません。