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『サイバーパンク・アメリカ 増補新版』80年代の混沌と未来への軌跡

「サイバーパンクとは何か?」

それは、単なるジャンルでもスタイルでもない。巽孝之氏の著書『サイバーパンク・アメリカ』を読んでまず感じるのは、この言葉の定義の曖昧さです。なぜなら、サイバーパンクは現象であり、ひとつのムーヴメント(運動)だったから。

サイバーパンクは1980年代に突如として現れたが、その勢いは爆発的だった。文学や映画、音楽にまで影響を与え、特にアメリカSF(サイエンスフィクション)界での影響力は絶大でした。巽孝之氏はこの混沌としたムーヴメントの真っただ中に身を置き、時代の熱気をリアルタイムで記録している。


時代の狂乱と作家たちの軌跡
『サイバーパンク・アメリカ』は、サイバーパンクの生成から発展的解消までの歴史を、豊富なフィールドワークとインタビューを通じて追跡しています。

巽孝之氏は、ウィリアム・ギブスン氏(W. Gibson)やブルース・スターリング氏(B. Sterling)など、サイバーパンクの巨匠たちと直接対話を交わし、その時代の最先端に立っていた作家たちの軌跡を描き出している。

『サイバーパンク・アメリカ』の魅力は、その生々しい記録にある。「サイバーパンクがジャンルではなく運動であった」と巽氏が主張するように、このムーヴメントは一種の社会的パフォーマンスでした。

そのため、サイバーパンクの境界はあいまいで、時にはすっちゃかめっちゃかになりながらも、尖った作家たちがその枠組みを破壊し、再構築していった。

サミュエル・R・ディレイニー氏(S. R. Delany)を始め、さまざまな作家のエピソードは鮮烈で、特にサミュエル・R・ディレイニー氏の存在感は他を圧倒している。

彼がどのようにサイバーパンクを捉え、そしてその世界でどのように生きてきたのか、その詳細な描写は、当時のSFファンダム(SFファンのコミュニティ)の裏側を知るための絶好の資料です。

サイバーパンクの現代的再評価

『サイバーパンク・アメリカ』は、出版から33年を経て増補新装版が出されたんですが、その内容は当時の熱気そのままです。

ここには「サイバーパンク再評価」や「80年代リバイバル」などの現代的な要素はあまり含まれていないですが、現代においてサイバーパンク的な風景やテーマが復活していることは確かです。

『サイバーパンク・アメリカ 増補新版』の焦点はあくまで過去のムーヴメントの記録とその解体にあります。

この点について、現代の若い読者は「期待した内容と違う」と感じるかもしれない。

例えば、「サイバーパンクの未来はどうなるのか?」といった問いには答えておらず、むしろ巽孝之氏は、リアルタイムで体験した過去の瞬間に焦点を当て続けています。

このため、『サイバーパンク・アメリカ 増補新版』は「サイバーパンク入門」としてはやや難解ですが、ムーヴメントの内側にいた者だけが語れる貴重な記録です。

サイバーパンクの真実に迫る

巽孝之氏が描くサイバーパンクの核心は、未来と現実が交錯するその瞬間にあります。

ウィリアム・ギブスン氏の『ニューロマンサー』に代表されるように、未来技術とアナーキズム的な人間関係が入り乱れるサイバーパンクは、どこかで人々の現実世界に根差していた。

ウィリアム・ギブスン氏はかつてこう言いました。「サイバーパンクの未来はすでに我々の手の中にある」と。

その言葉通り、サイバーパンク的なテーマは現代でも多くのメディアで再登場しています。

例えば、SF映画『ブレードランナー2049』やビデオゲーム『サイバーパンク2077』が、80年代のサイバーパンク美学を現代的にアップデートしているのは明らかです。

しかし、『サイバーパンク・アメリカ』は、こうした現代の再解釈に対する考察をほとんど行っていない。

この点はやや物足りなさを感じさせる部分かもしれないですが、それこそが本書のリアルタイムの記録としての価値を際立たせています。

読者へのメッセージ

『サイバーパンク・アメリカ』を読んで感じるのは、サイバーパンクというムーヴメントが「未来を描く」だけでなく、時代そのものを映し出していたということです。

当時のアメリカ、そして世界がどう変化し、どのような未来像を描こうとしていたのか。その答えを知りたいなら、この本は必読。

特に、サイバーパンクを深く知りたい読者や、80年代のアメリカSFに興味がある人には、これ以上ないほど貴重な資料です。

ただし、初心者がすぐに「サイバーパンクの全貌を理解する」というわけにはいかないかもしれません。

巽孝之氏の緻密なフィールドワークと豊富なインタビューは、あまりにも詳細で、その中に埋もれてしまう可能性もあるからです。

しかし、逆に言えば、読み込むことで得られる知識や洞察は、他のどの資料にも負けない濃密さを誇っています。

結論

巽孝之氏の『サイバーパンク・アメリカ』は、サイバーパンクの本質を知りたい人にとって最高の一冊です。

この本を通じて、サイバーパンクという現象がどのようにして形成され、どのように消失していったのかを、作家たちの生の声を通じて知ることができます。

また、過去のムーヴメントの記録でありながら、その後の発展や現代における再評価の材料としても非常に価値のある内容です。これからサイバーパンクを学ぼうとする読者にとっては、間違いなく一つのスタート地点となるでしょう。

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