『ギルバート・グレイプ』~最上の芸術作品!人生、数滴の涙とささやかな笑いが同居中~
0.はじめに
~《あなたに観せたい美しいキャメラシーン》~
~《誰かに伝えたい名セリフ》~
1.作品の際立った特徴
この作品の原題は『What's Eating Gilbert Grape』です。
”ギルバート・グレイブをイライラさせている物事”という意味になるそうです。
この作品や監督のラッセ・ハルストレムの他の作品でも、主人公はとてもつらい環境で過ごしています。
ですが、暗いトーンだけでは決して描画していません。
微笑ましくコミカルなシーンを入れて描出しています。
主人公や登場人物に思いやりの気持ちを持って共感しているからだと思います。
ある場面ではとても悲壮な場面を洒落た小話にしているところもあります。
観ている者を悲しみの深淵につき落とすことなく、涙と笑いで包み込んでくれます。
関西のローカル番組の『探偵ナイトスクープ』のような感じです。
この作品の特筆すべきは、映画ならではの視覚芸術です。
レオナルド・ディカプリオ扮する、主人公の弟アーニーは重い知的障害を持っています。
障害の重さや特徴は演じる役者の表情、行動、言葉を通してすばらしい演技でないと皆さんに伝わらないと思います。
そのほかにも視覚でないと伝わらないシーンはたくさんありますが、その都度お伝えさせていただこうと思います。
2.希望に満ちた冒頭シーン
この作品はある一家の物語です。
映画の冒頭、アイオワ州の田舎町エンドーラ、長い長い一本道で二人の兄弟が何かを待っています。
年の割に子供っぽくはしゃぐ弟とどこか無気力な兄。
待っているのはこの田舎町を通り過ぎるエアストリームと呼ばれるキャンピングトレーラーの隊列でした。
坂道の向こうから無数の光が差し、銀色のボディにキラキラと光を浴びながらそのトレーラーはやってきました。
明るく希望に満ちた冒頭シーンですね。
3.鬱屈した一家
重い知的障害を持つ18歳間近のアーニーは医者から10歳までは命が持たないと言われていました。
バッタを捕まえて、郵便受けの扉で挟み、死んでしまったと言って泣きだします。
姉のエミーは小学校で調理師として働いていましたが、火事で焼けてしまって、家にいます。
歯の矯正器具を外したばかりのまだ大人になりきれていない反抗期の妹エレン。
長男のラリーは大学を卒業後、家族を捨てて家を出ました。
町一番の美人だった母親のボニーは夫の自殺後に過食症を患い、巨体で動けなくなり、人の目から逃れるため何年も外出していません。
主人公で次男のギルバートのナレーションで淡々とコミカルに家族紹介をしています。
母親はアーニーを溺愛してそう呼んでいます。
息子”son”と太陽”sun"が韻を踏んでいるのは間違いないですね。
姉のエミーと次男のギルバートはアーニーのかくれんぼに優しくつきあいます。
アーニーは木の上に隠れて夢中ではしゃぎます。
エレンはいじわるに本当のことを教えました。
ギルバートはエレンを睨みつけます。
アーニーはギルバートの正面に降りてきてびっくりさせます。
そういって、アーニーをおんぶして車まで行きます。
アーニーの飛びつく勢い、しがみつく仕草。どれだけ兄ギルバートが大好きなのが分かります。
仲睦まじい兄弟のシーンです。
4.ギルバートってどんな青年?
ギルバートは町の小さな雑貨屋で働き、一家の生計を立てています。
眼の前に大きなスーパーがオープンして、ギルバートが働く雑貨屋はあまり繁盛していません。
店のオーナーも諦めて弱気になっています。
ギルバートは慈愛に満ちた表情で言います。
このようなやりとりの中でギルバートはとても優しい青年だとわかるんですね。
この作品は不幸な家族の描写と同時に滑稽な場面がたくさんあります。
ギルバートの浮気相手である中年女性のベティは度々ギルバートを配達に呼び寄せて、逢瀬を重ねます。
ギルバートはあまり気乗りではないんですね。
そこにベティの夫が帰ってきます。
なぜか彼女のシーンの時はアイスクリームがたくさん出てきます。
セックスしている時もアイスをくわえます。
フロイトの『口唇期欲求』を暗示しているのでしょうか。
面白い表現ですね。
ベティの夫が陽気に帰ってきます。
ベティたちがセックスしていると同時に夫は庭で子供といっしょにトランポリンでぴょんぴょん跳ねているんですね。
すごいジョークが効いていますね。
ギルバートは口にアイスクリームが付いているのに気づかずに、にこやかに大分年上のベティの夫に挨拶をします。
ベティの夫は財布からチップをギルバートに渡します。
浮気の事に気づいているのかどうか分からない、この優しさが怖いんですね。
ベティの夫は保険屋をしているんですが、浮気に気づいているのかどうかを曖昧にしたまま、オフィスに来いとギルバートに告げます。
そんなやり取りの最中、目を離した隙にアーニーがいなくなりました。
50mはある高い給水塔に登っていました。
そこには大勢の見物人と警察が集まっていました。
そこでギルバートはアーニーをあやすように好きな歌を歌います。
アーニーは思わず釣られて歌いだします。
アーニーは興奮が収まり、やっと塔から降りてきました。
その場に居た人みんな、温かい拍手をしました。
何てのどかな雰囲気の田舎町でしょうか。
微笑ましいシーンです。
キャンピングカーで旅をしている、若い年頃の娘ベッキーもその様子を見ていました。
ベッキーはギルバートの優しくてどこか無気力な大人しい所に惹かれます。
5.巨大な母
家に戻り家族で食事の支度をします。
大きな食卓を母ボニーの座っているソファーまで運びます。
友人のタッカーが冷蔵庫を直しにやってきました。
そこに小さな男の子が母ボニーの巨大な姿を見に来ました。
ギルバートは男の子を抱え上げ、窓越しに母ボニーを見せてやります。
ギルバートはどこか気持ちが歪んでいるんですね。
こうしたエピソードでギルバートの心の軋みを表現しています。
何気ないシーンやセリフでギルバートの母への抑圧されている憎しみが現れています。
就寝の時間、アーニーは ”おやすみ” を間違えて ”さよなら” と言いました。
何気ないセリフの中に、ギルバートがこの家族を捨ててどこかへ行ってしまうかもしれないという気持ちを演出として匂わせているんですね。
友人とのセリフで、
こういった話を親身になって聞いてくれる友人はとても貴重な存在です。
ギルバートは悪口であっても本音で話せるんですね。
息抜きになっています。大切な友人です。
6.自由奔放なベッキーとの出会い
カフェレストランで雑談中にベッキーが通り過ぎます。
彼女は細い体でキリッとした目つきです。
そんな彼女にマッチした細いフレームで美しいデザインの自転車を、彼女は押して歩いていました。
一瞬、ギルバートとベッキーの目が合います。
アーニーは瓶の中でバッタを飼っていて、雑貨屋のオーナーは店の商品のレタスをちぎり、えさとして与えてくれました。
アーニーには町の人がとても優しく接してくれます。
店にベッキーが買い物に来て、トレーラーまで配達することになりました。
アーニーは楽しそうに自転車を車の荷台に乗せます。
三人は並んで車に乗っています。
アーニーはベッキーに顔を近寄せて言いました。
アーニーはギルバートをからかって笑いました。
キャンピングカーが停泊している所に着きました。
アーニーは買い物袋を落としてしまいました。
アーニーはとても落ち込み、自分の頭を何度も叩きました。
ディカプリオのオーバーアクションのない自然な素晴らしい演技です。
ベッキーはパニックになっているアーニーを優しいまなざしで見つめました。
ベッキーの優しさが分かるシーンです。
7.家族の軋み
家では家族でアーニーの誕生パーティーの話し合いをしていました。
妹エレンは口に食べ物を入れて喋ります。
アーニーは面白がってリピートします。
ギルバートはいらいらして、家族が傷つくことを言ってしまいます。
アーニーはまた復唱してしまいます。
母ボニーはヒステリックになり、床を何度も踏み始めました。
こぼれたミルクを拭こうとギルバートは食卓の下にしゃがむと、母ボニーの地団駄で床が軋んでいるのを見つけました。
悲惨さの中にどこか可笑しさを含ませているんですね。
ギルバートは友人タッカーを呼び、床を見てもらいました。
母ボニーに気づかれないように床を調査します。
母ボニーはテレビを見ながら、うたた寝をします。
ギルバートはテレビを消そうとリモコンをオフにしますが、ボニーが起きてしまいました。
ギルバートはボニーのタバコに火をつけ、エミーは毛布をかけてあげます。
子供たちがどれだけ母に気をつかいながら生活をしているのか、また家族の重荷になっているかをユーモラスに表したシーンです。
8.封印された地下室
翌日、タッカーが床を直しに来ました。
タッカーは地下室でいっしょに手伝ってくれといいます。
ギルバートは嫌がって、アーニーを行かせようとします。
アーニーはゾンビのマネをして怖がります。
首吊りの仕草をしました。
作業が終わって、
もしかしたらギルバートは父が死んでいる姿を直接見てしまったのかもしれません。
家族の家は何十年も前に父親が自ら建てました。
なのでとても古く壊れやすいものでした。
グレイプ一家の生活のシーンでは死んだ父親の暗い影がずっしりと居座っています。
この作品がとても上手いなと思うのは、そのギルバートの抑圧された気持ちの象徴が古くなった父親が建てた家であり、床を支える木材なんですね。
それが今、限界をむかえて軋み始めているんですね。
なにかが崩れ去ろうとしています。
9.ギルバートの憂鬱
ある日またアーニーが給水塔に登ろうとしていました。
今度は妹のエレンが乱暴に止めます。
アーニーはケガをしてしまいました。
ギルバートはアーニーの傷の手当をします。
そんな弟思いのギルバートなのですが、息抜きもできずストレスが溜まっていました。
車に乗り込み一人ドライブに出かけます。
ベッキーとそのおばあさんの所に気晴らしに立ち寄ります。
ギルバートはベッキーが長年ひとつの場所に住んでいたおばあさんを連れ出し、自由気ままな放浪生活に連れ出したことを知りました。
ギルバートは自分のしたいことを我慢しすぎて無意識に中に抑圧しているんですね。
中々やりたいことを思いつくことができなくなっています。
どこか燃え尽き症候群のような無表情さがありました。
二人はアイスクリーム屋に行ってデートしました。
そこを子供連れのベティが目撃します。
またベティとアイスクリームの共演ですね。
ベティは動揺していました。
夕焼け空を見ながらギルバートとベッキーはゆったりとした時間を語らいます。
ベッキーの大らかで自由な性格でないとギルバートはこういう時間を過ごすことはなかったと思います。
ギルバートにはゆっくり空を見るゆとりも発想も自由も今までなかったんですね。
そんなやすらぎのひとときでもギルバートは家の用事を思い出して、ベッキーを残し家に戻ります。
家に戻ったギルバートにアーニーは嬉しげに飛びつき、おんぶしてもらいます。
ギルバートはアーニーをお風呂に入れ、体を洗ってやります。
ギルバートはアーニーを浴槽に残して、ベッキーの所へ戻りました。
10.自己主張と自己蔑視
ギルバートは家族を恥じているんですね。
ベッキーはギルバートに心を開いてもらうために身の上を話しました。
ベッキーは自分と親とをしっかり切り離して考えて生きていました。
親からの自由と自我がしっかりしているんですね。
人と人とが距離を縮めたり親密になるとはこういう事ですね。
お互いのことを知るとはお互いの弱いところを知ってもらう事です。
虚勢を張って自分をよく見せることでは決してありません。
本心を打ち明けることを通じて、話を聞いてもらうことで癒やされ、聞いた側は慈しみを与えるのだと思います。
表面的で本心を言わない、自己主張しない、傷つくのを避けている関係は親しい関係ではないんですね。
母を悪く言ったギルバートをベッキーは何も咎めませんでした。
ギルバートには深い心の傷があることを知ったからだと思います。
只々、ギルバートを癒やすように彼の思いを聞いてあげていました。
11.仲たがい
ギルバートは帰宅して床につき、朝目覚めます。
顔を洗おうと洗面所に行くと、なんとアーニーは昨日の夕方からずっと風呂に入ったまま、浴槽の中で震えていました。
ギルバートはごめんよごめんよと必死で謝ります。
こういうシーンは本当に映像が一番良く感動が伝わります。
寒さに震えているアーニー、必死で体を温めるためアーニーを抱きしめるギルバート。
ボニーはギルバートに依存しきっています。
ギルバートの心には全く無関心です。
ある日、ギルバートはベティの所に配達に行きます。
ちょうどアイスクリームを作っていました。
ベティはギルバートがベッキーとデートしていた事の腹いせにベティの夫に電話をかけさせます。
そしてわざといやらしい事をしました。
ギルバートは腹をたてて出ていこうとします。
オーブンのアラームが鳴り、ギルバートはその隙を突いて出ていきました。
12.情事の行方
ギルバートは浮気のことを責められることを恐れながら、ベティの夫のオフィスを訪ねました。
ギルバートはかかってきた電話の音にビクつきました。
浮気の事を責められると思っていましたが、保険の勧誘でした。
その電話はベティからの電話でした。
ギルバートはベティが腹いせに浮気をバラしたのではないかと恐れました。
ギルバートとベティの夫は家に向かいます。
ギルバートに出ていかれたショックで、オーブンの火を止めず、家中煙が充満していました。
ヒステリーを起こしたベティの夫は、中々懐かない子供に焦げたクッキーを無理やり食べさせます。
この可笑しげでジョークの効いた修羅場を、ギルバートは一刻も早く逃げ出そうと車のエンジンをかけますが、中々かかりません。
そこにベティーが近づいて来ました。
ギルバートにとってこの一言は苦しい言葉でした。
「あなたは一生あの家族の犠牲になってこの町で生きていくんだ」と言われたようなものです。
ベティの夫はすごい癇癪持ちですぐにキレるんですね。
ベティーの浮気の理由や子供たちが懐かない理由がわかって面白いですね。
そして、その晩に興奮しすぎたベティの夫は心臓発作で倒れ、倒れた所が運悪く子供用のビニールプールだったため、その浅さでも溺死してしまいました。
子供用ビニールプールの周りは刑事事件現場の立ち入り禁止テープで四角に区切られていました。
このホラーな感じと幼児っぽさとコミカルさがあるシーンは最高です。
その内容をギルバートとタッカーともう一人の葬儀屋の友人ボビーがカフェで話します。
ボビーはスプーンをベティの夫に見立てて、ヒザと首を折り曲げて、灰皿に顔を浸け溺死の状況を説明します。
スティーブン・キングのホラーコメディ小説のようですね。
タッカーはベティが殺したのではないかと邪推します。
ギルバートにはベティに対する愛情は少しもないのですね。
13.ベッキーのカウンセリング
ギルバートとアーニー、そしてベッキーは川のほとりでくつろいでいました。
世間の常識に捕らわれないベッキーは川に入り、安らぎを感じているようでした。
アーニーはそばで大好きな木登りをして、小躍りしています。
ギルバートは静やかに足だけ川に浸しました。
ギルバートは怒涛のごとく大股で川を闊歩して、ベッキーのそばまで水しぶきを上げながら近づいてきました。
何かにチャレンジするには勇気が必要です。
そして行動することによってのみ、その行為に意味を感じはじめるのです。
川に飛び込む行為を ”そんなことはくだらない” と人は考えがちです。
最初から意味のないことだと考えてしまうのです。
行動を起こさないで無意味だ、ナンセンスだと頭で考えてしまうとそれはニヒリズムに結び付けられてしまいます。
それは最終的には ”生きることは意味がない” という考えに行き着いてしまいます。
しかし楽しかった、体が軽くなった、感動した、普段とは違った感情を得られたなど、行動を通してのみ、心の中に変化が現れます。
最初に意味を考え付くのではなくて、人はその行為の中から段々と ”意味を感じて” 、生きるためのエネルギーを体の中に取り込んでいくのです。
行動の後に自分だけの意味付けが行われるのだと思います。
小沢健二さんの「さよならなんて云えないよ」という曲の歌詞に次のような詩があります。
本当に自分にとって大事なものを掴み取る時というのは何気ない行為後の刹那的、一瞬なのだと思います。
ギルバートは自分の願望や希望は持ってはいけないと思って生きてきたのだと思います。
どこかで自分の欲求を無意識の深くに抑圧してきたのだと思います。
14.母ボニー、外に出る
ギルバートはベッキーとの心地よい時間を過ごしリラックスしていて、アーニーのことを忘れてしまっていました。
アーニーはまた給水塔の鉄塔に登ってしまいます。
ギルバートはその場に間に合わず、高所作業車が出てきてアーニーを引きずり降ろしました。
ギルバートは警官に懇願するも受け入れられず、アーニーは留置所に入れられてしまいました。
母のボニーはアーニーを溺愛していました。
ボニーの巨体は町でも笑い者になっており、彼女はその事をとても気にして、長年の間外出していませんでした。
それでもアーニーのために勇気を出して、警察署に連れ戻しに行きます。
過食症ということはうつ病も同時に患っていたことでしょう。
外の社会が普通の人の何倍も怖かったに違いありません。
かつては町一番の美人だったというボニー。
警察署長に大声で叫びます。
警察署長と顔見知りだったらしく、ボニーの剣幕に押されて、アーニーを釈放しました。
もしかしたら、かつての恋人だったのかもしれません。
釈放されて警察署から出た時、ボニーが家から出てきているということで見物人が周りに集まっていました。
指を差す者、写真を撮る老人、嘲笑する子供。
その中を、家族寄り添いながら、母親を守るように堂々と歩くギルバート、エミー、エレンはとても誇らしく、思わず涙してしまうシーンです。
町の人に嘲笑を受け家に帰ってきた母ボニーは気落ちしていました。
アーニーの楽しい声だけが響きいっそうもの悲しさが増す家族の夕食でした。
15.ベティとの別れ
ベティの夫のお葬式が終わり、ベティは雑貨屋にいるギルバートに別れの挨拶をしに来ました。
ベティは手が震えてタバコに火をつけることが出来ませんでした。
ギルバートは愛情を込めてそっとマッチに火を灯しました。
そこにベッキーが買い物に店に入ってきました。
ベティは別れを惜しみながらギルバートの頬に最後のキスをしました。
ベティはベッキーに言いました。
ベティはたばこをくわえ凛とした雰囲気を持って店を出て去っていきました。
ベッキーはギルバートに自身の思い出を消さないで大切に持っていてほしかったんだと思います。
16.小さな町の地殻変動
何もない田舎町アイオワのエンドーラにバーガー・バーンというハンバーガーチェーンが来ました。
移動式の店舗で、トレーラーでやってきました。
ギルバートの閉ざされた心をノックするかのように、キャンピングカーや移動式店舗が訪問してきます。
オープニングセールで皆にハンバーガーやシェイクなどを振る舞います。
タッカーはそこに就職して店員として働きます。
何も変わらないこの町にも少しずつ変化が現れ始めているという雰囲気を醸し出す優れた演出です。
ベッキーは涙をこらえながら言いました。
ギルバートは無関心を装い、心を押し殺してしまうんですね。
アーニーはベッキーに抱きつきました。
あれ以来風呂に入るのを嫌がるアーニーはギルバートから走って部屋中を逃げ回ります。
ケーキを運ぼうとしている姉エミーにぶつかり、ケーキが床に落ちてぐちゃぐちゃになってしまいました。
姉エミーは2度と作らないと泣き叫びます。
ギルバートは決心を決めてライバルのスーパーマーケットにケーキを買いに行きます。
運悪く店を出てきた瞬間に雑貨屋のオーナーと鉢合わせして、気まずい雰囲気になりました。
17.兄弟けんか
家族総出で誕生パーティーの準備をします。
母ボニーは人前に出るのを拒否してしまいます。
人指し指と口にクリームをつけてアーニーが姿を現します。
アーニーは冷蔵庫に入れて置いたケーキを食べてしまいました。
嫌がるアーニーを無理やり服を脱がします。
アーニーはギルバートの髪を引っ張りました。
ギルバートは逆上して思わずアーニーを何度も殴りました。
我に返ったギルバートはその場にいられなくなり、感情のまま車で町外れまで飛び出しました。
今考えるとベティの夫のヒステリックな性格の描写などは、ギルバートの抑圧されたものを爆発させる要因となるものだったのかもしれません。
今のギルバートには自分でも忘れてしまっている閉じ込めた感情を吐き出すということが必要だったのだと思います。
ギルバートに生まれて初めて殴られたアーニーはとてもショックを受け、家を飛び出しました。
姉エミーと妹エレンは車でアーニーを探しに行きます。
アーニーはベッキーの所に泣きついてやってきました。
ギルバートは町外れで気持ちを落ち着かせた後、気持ちを整理して再び戻ります。
そしてギルバートはベッキーの所に立ち寄ります。
何と水を怖がっていたアーニーはベッキーの優しい手ほどきで川に飛び込みます。
大好きな兄に嫌われたことがとても辛かったのでしょう。
兄にいつまでもそばにいてもらいたくて、アーニーは必死だったのかもしれません。
木に隠れて見ていたギルバートはその光景を見て微笑み、安心しました。
ベッキーに力を貰ったアーニーはすっかり元気になりました。
そこに姉エミーが迎えにきました。
ベッキーは隠れていたギルバートを発見しました。
ベッキーはギルバートを包み込むようにそっと抱きしめました。
18.父への愛憎
ギルバートはキャンピングカーに乗り込み、ベッキーといっしょにこの町を出て行きたかったんですね。
ベッキーは笑って言いました。
ギルバートも笑い返します。
自分が父アルバートとそっくりなことをギルバートはよく知っているんですね。
ギルバートは自分たちを置いて行って死んだ父親が憎かった。
でも同時に愛しているのではないかと思うんです。
理由は、自分と父が似ていると言われた時に強く否定しなかった。
もう一つはあの家が父の形見であり、父そのものだったから離れたくなかったのだと思います。
なので無意識の内に父の喋り方や表情を真似ているんだと思います。
ギルバートも母同様に父が恋しかったのだと思います。
父親のせいかと聞かれた時、違うと言ったのはそれでも父が好きだったからだと思うし、自分の考え方次第でどうにでも環境を変えることができたと気づいたからだと思います。
もっと自分と正面から向き合うことができていたら、家族を幸せにできたことに気づいたからだと思います。
自分の弱さに気づいた時、父や母の弱さを愛せるようになったからだと思います。
自分のいやな所が相手の中に見えると、彼ははその人を憎みます。
自己嫌悪や劣等感で抑圧したものを相手の中に見てしまうからです。
ベッキーや雑貨屋のオーナーに父親とそっくりだと言われた時、自分のことを落ち着いて客観的に見ることができたのだと思います。
自分がどんな人間かが分かった時、人は自分を受け入れ、蘇生しはじめます。
無意識に抑圧されていたものが意識下に現れることで、人はよりいっそう強くなります。
ギルバートとベッキーはそのまま一夜をともにしました。
19.人を結びつける誕生パーティー
庭には色とりどりの風船をたくさん準備してあり、招待客たちは楽しく語らったり、遊んだりしています。
その中で主賓のアーニーもきちんとネクタイをして楽しく遊んでいました。
雑貨屋のオーナー夫妻は姉エミーにお母さんは元気かと気にかけます。
ギルバートが帰ってきた時、妹エレンは皮肉を込めて言いました。
アーニーはギルバートを見つけると、少しうつむいた後、姿を消しました。
姉のエミーもギルバートに対して腹をたてていました。
しかし、アーニーが木の上に登りギルバートに分からないようにかくれんぼをし始めます。
それを見て、エミーはギルバートを許したんだなと悟りました。
そして、ギルバートに笑って言います。
ギルバートは姉エミーが演技をしているのを知って微笑みます。
ギルバートは困った表情を作り、アーニーに聞こえるように大声で叫びます。
アーニーはとてもうれしそうに木の上ではしゃぎました。
アーニーはギルバートをびっくりさせるように、木からジャンプして降りてきました。
目を合わせた二人はしばらく目線を外し、沈黙します。
ギルバートとアーニーは強く抱きしめ合いました。
アーニーはギルバートを押し倒し、軽く何度もビンタしました。
姉エミーはそばで微笑みました。
妹エレンはカメラで二人を撮り、母ボニーはカーテンを少し開けて、二人の様子を温かく見守っていました。
ギルバートは母ボニーの所へ行きました。
二人だけの空間で、ギルバートは母ボニーに甘えるように寄り添いました。
ボニーは泣きながらギルバートを強く抱きしめました。
ベッキーがパーティーにプレゼントを持って来ました。
母親を恥だと思っていたギルバート。
自分の運命を受け入れ、己の憎しみも愛情も受容して、母を紹介できるまでに成長しました。
ギルバートにとって、ベッキーは家族と同じく大切な存在です。
二人は微笑みました。
20.それぞれの別れ
ベッキーとの別れの時が来ました。
ギルバートとベッキーは涙を拭いて、アーニーの言葉に笑いました。
ベッキーは光あふれるキャンピングトレーラーに乗って去って行きました。
勇気を振り絞って、息子のためにベッキーと顔を合わせたボニー。
それから彼女は自ら歩いて2階の寝室へ階段を懸命に登りました。
彼女は家族のために変わろうとしたかったのだと思います。
母ボニーはギルバートに言いました。
しばらくしてアーニーは母の寝室に行きました。
しかし、母親は静かに亡くなっていました。
そして死んでしまったと悟ったアーニーは泣きながら2階から降りてきて、自分の頭を叩き庭で暴れました。
そのシーンのキャメラは遠くの方からアーニーを優しく撮影しているんですね。
とても思いやりに満ちた優しい演出です。
私達にもアーニーに共感してほしいという気持ちがわかります。
夕陽に包まれた切なくも美しいシーンです。
ギルバートは決して入らなかった地下室へ行き、柱を力の限り、なぎ倒しました。
ギルバートは初めて感情をだして、運命を呪ったのだと思います。
母のために抑圧していた父への恨みを力の限り、父親がつくったこの家にぶつけました。
エミーは妹エレンに微笑みました。
21.自由そして新しい世界へ
そして、グレイプ一家は家を母親ごと燃やす決断をします。
家族全員の力で家財道具を運び出し、ギルバートは一家の誇りを持ってマッチに火をつけました。
家族は庭で家が燃え尽きるまでその様子をじっと見つめ続けました。
家族を取り込んでいた亡霊から解き放たれた瞬間でした。
彼らは自由になりました。
ギルバートはアーニーに言いました。
あくる年、二人は冒頭シーンのようにキャンピングトレーラーが来るのを待っていました。
ベッキーが窓から顔を出し、懐かしそうな笑顔で手を振っています。
ベッキーの髪は少し長くなっていました。
そして、ギルバートとアーニーはベッキーのキャンピングトレーラーに乗り込み、旅に出ました。
22.おわりに
この作品は次男ギルバートの心の成長の物語です。
好対照な2つの家がよかったですね。
ひとつは自由でキラキラしたしっかりした作りのキャンピングトレーラー。
もうひとつは屋根は錆びて、木材の柱は朽ちて暗い洞窟のような今にも壊れそうな古い家。
未来と過去とも読み取れます。
希望と現実とも思えます。
動と静、軽いと重い、流れと淀みなどいろいろ連想できます。
ギルバートは自分の家を遠くから眺めて言いました。
小さな頃から背負ってきた責任が大きかったんでしょう。
ふと気が抜けた時、小さな家だということに気づかされたんですね。
次男は母を食べさせなければならない。
母をこれ以上悲しませてはいけない。
母を笑い者にさせてはいけない。
妹を立派な大人にしなくてはならない。
姉にも負担をかけてはいけない。
弟の面倒を一生面倒見なくてはいけない。
弟が周りの人に迷惑をかけさせてはいけない。
これらすべての責任がまだ若い青年ギルバートの背中に乗っかっていました。
素晴らしいのは周りの人達がギルバートの人柄を感じ取っていて、優しく助けてくれるんですね。
もしかすると、人々の中には父アルバートへの恩返しもあるのかもしれません。
振り返って見ると、登場人物には誰一人、悪人はいませんでした。
こころ優しい美しい作品でした。
泣きながら笑うことのできる映画です。
さまざまな小道具が意味を持ち、映像言語の役割をしっかり果たしています。
☆人生のような長い長い坂道
☆キラキラしたエアストリーム
☆細いフレームの軽い自転車
☆癒やしの川
☆出会いと別れを左右する自動車部品
☆生気ある新鮮なスイカ
☆幼児性を表す子供プール
☆身体を模したスプーン
☆死の灰皿
☆人間の悩みなんて小さいと感じさせてくれる夕焼け
☆セックスシンボル的なアイスクリーム
☆弾けだしそうな心の不安定さを感じるトランポリン
☆情事の終わりを告げるオーブン
☆心の安定の必需品であるタバコ
☆終焉を告げる喪服
☆過去と現在を分かつ立ち入り禁止テープ
☆細々と暮らす一家の郵便受け
☆抑圧しきれない心を表す軋む床
☆父の寝床である地下室
☆墓の主のいない父の墓
☆ひと目を隠す毛布
☆現実逃避のテレビ
☆人生には逃げれない場面があることを教えてくれる、かからないエンジン
☆苦悩を消滅させるマッチ
☆生き物のはかなさを思わせるバッタ
☆不安定に形が変わってしまう買い物袋
☆アーニーが決してたどり着けない健常性を示す給水塔
☆事件とオモチャ、見る者によって思いが異なるパトカー
☆命を確認するための誕生日ケーキ
☆家族が息を吹き込んだ風船
☆兄弟の愛情を確かめ合う木登り
☆吊るされたタイヤのブランコ
☆心の自由を印すバーガー・バーンの移動式店舗
☆いつでも死が近くにあるよと告げる霊柩車
☆身近なアイテムで幸せになれるバーガー・バーンの帽子
☆雑貨屋のオーナーの憎きスーパーマーケットのロブスター
あなたは何を連想しますか?
映画は自分を写す鏡だと思います。
あるものを見ても、人によって捉え方が違います。
そこに自分だけの癒やしの効果が映画にはあると思うのです。
アップルパイを見て、母親を思い出す。(私の心の中です)
釣り竿を見て父親を思い出す。
青いシャーペンを見て、恋人を思い出す。
線路を見て小2を思い出す。
これらのアイテムが物語に紡がれて、過去に旅したりできると思うのです。
過去の喜びや悲しみ、寂しさ、嫉妬、妬み、心地よさなどを追体験できます。
そして俯瞰的視点で自分を見つめて、現在の自分と比較したり、未来に向けて良い計画を立てることができます。
また、今の悩みの小ささに笑ってしまうかもしれません。
自分だけでなく、年が離れた親の気持ち、性別がちがう友人やパートナーの気持ちに共感できます。
段々と自分の気持ちが整理されて、いい結論が出てくれることがあるかもしれません。
今回は特にそういった映画の役割が十分に出ている作品です。
よろしければ、是非とも観ていただけると幸いです。
のちにビッグスターとなるディカプリオ、ジョニー・デップ、ジュリエット・ルイスの若き年代の作品ですので、彼ら目当てでも見る価値は十分にありますよ。
それでは、またの作品で。
さよなら。
23.関連作品
『マイ・ライフ・アズ・ア・ドッグ』 ラッセ・ハルストレム監督
『さよならなんて云えないよ』アルバム[LIFE]より 小沢健二