映画感想文「サウンド・オブ・フリーダム」
ごく普通の日常を送っていた人がある日突然さらわれ、自由を奪われた生活を強いられる――北朝鮮による拉致事件のような異常なことが、今、とんでもない規模で起きているらしい。被害者を狩り集める業者、各国の拠点に送り込むブローカー、買い手と被害者をマッチングする闇サイト。まさに「映画のような」話だけれど、これは実話ベースで、ところどころ実写映像も挿入される。
被害者の中には、大勢の子どもが含まれている。5歳や10歳の子どもたちが性奴隷にされ、小児性愛者に売られていく。映画では、闇サイトに「売り物」たちのプロフィール画像がアップロードされる瞬間を狙い、米国国土安全保障省の捜査官たちがサイト運営者を摘発する場面が描かれる。
ストーリーの軸は、中米ホンジュラスで誘拐された幼い姉弟の救出劇。国土安全保障省の捜査官ティムが通常任務を離れ、個人的に進めた捜査でまず弟ミゲルを助け、生き別れになった姉ロシオの救出に乗り出す。自分を信じてすべてを打ち明けるミゲルや必死の思いでロシオの帰りを待つ父親と接するうちに、他人事とは思えなくなったティムはついに退職。しがらみのない個人の立場で、南米コロンビア(そこに闇業者の拠点がある)の捜査官や活動家と手を組み、現地の資産家も巻き込んで、驚きの摘発作戦を繰り広げる。
作品としては「メッセージ性が強い」レベルを超え、まるごと社会へのメッセージそのもの。ただ、制作者たちは「一人でも多くの人にこの現実に触れてほしい」という目的のため、最適な手法を追求したのだろう。アクション映画としての迫力も十分、ロシオとミゲルはどこまでも純粋で愛らしい。性暴力の場面は直接的には描かれず、その手の描写が苦手な人も最後まで見続けることができる(その分、むしろ鑑賞後にジワジワと心がやられていく感覚はあるけれど……)。
個人的に、特に印象的だったセリフが2つある。1つはティムがコロンビアの資産家に協力を求める場面。正確な表現は思い出せないけれど、こんな趣旨の発言だ。
「コカインは一度売ればおしまいだが、子どもなら一日に5回も10回も売れる。だから、このビジネスに群がる者たちがいる。こんなおぞましい話は、真っ当な大人たちの礼儀正しい会話の中で出すべきものではないだろうが……」
ここで言及されている、正常な世界と異常な世界の間のギャップ。かつてホロコーストのようなことが実際に起きたように、今のこの人身売買も、現実の出来事なのだ。真っ当で礼儀正しい世界のすぐ外側に、おぞましい世界が広がっている。そして小児性犯罪が横行していることに関しては、日本も例外ではない。誰が被害者になってもおかしくないし、加害者もまた、私たちのこの社会の中で生み出された存在なのだ。
もう1つ、心に残ったのは、コロンビアで少年少女を買っては解放している元麻薬カルテルのボス、バンピロのセリフ。これもうろ覚えだけれど、おおよそこんな内容だった。
「一度神の声を聞いたなら、人はその意志に従わなくてはいけない」
神の声とまでいかなくても、自分が「やるべきだと思うこと」「やらなければ後悔しそうなこと」と、「今までの延長線上でできること」「周囲に歓迎されそうなこと」が一致しない状況に直面することは、珍しくないと思う。心の底の思いに従いたい気持ちと、安全地帯から出たくない気持ち、どちらもあるのが人間なのだろうけれど、どこかで前者に気づいてしまったら、もうなかったことにはできないのだと改めて教えられた気がした。
救出されたロシオが懐かしい自分の部屋に帰ったところで映画は終わる。しかし、まだ幼いロシオとミゲルの人生はこれからが本番。奇跡のような展開を経て、穏やかな日常に戻れたからこそ、自分たちが潜り抜けた世界の異常さが、今後まざまざと見えてくるのだろう。
人生の中でそれほど強烈な体験をしたことがない私には、彼らを待ち受けているだろう心中の闘いに関して、何かを言うことはできない。私としてはただ信じたい――何カ月にも及んだ地獄の日々を耐え抜き生還した彼らの、持って生まれた力を信じ、希望を託したい。
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