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補糖と濃縮果汁-補糖ワインは低品質?

前回まででアントシアニンの生合成の話をしてきた。

そして日本のブドウはアントシアニンが不足しがちだということも加えて述べてきた。

それの解決法の1つが濃縮果汁を使うことだ。

そして糖という観点で同系統の技術にあたるのが補糖。

この2つの技術について今回は取り上げたいと思う。

時間がない人はこちらを見ていただいても構わないが、英語かつプレゼン用の資料なのでだいぶ割愛してある。

1. 濃縮果汁(Must concentration)とは


実際の現場で色が足りない場合はセニエ法という方法で色を出しているところも多い。
セニエとは果皮を浸漬しているタンクから液体だけを抜き取る方法で、本来ロゼワインの製造に使われる
その方法によって、果皮に対しての果汁量を減らし、アントシアニンの濃度を向上させるという方法だ。ここではセニエとは違うアプローチで色合いの向上
を目指す。

一方で濃縮果汁とはなんだろうか。


ここで用いる「濃縮果汁」は浸透膜(ナノフィルターや逆浸透膜)によって水分を選択的に透過させることによって得られるモノだと定義しておく。


それによって糖分だけでなく色素の濃度の向上も見られる。簡単な逆浸透膜の原理が下の図だ。


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この技術によって得られた濃縮果汁は元の果汁より糖度も色素濃度も高くなる。

これが一般的に言われていることで、これだけならわざわざここに書くほどのことではない。


私が言いたいのは上の現象が起こらないことがあるということだ。


糖の濃縮が第一の目的とされているこの技術では、図にもあるように果汁側に圧力をかけることになる。

この圧力によってタンニンとアントシアニンの重合は促進される。

その結果アントシアニン量が水分減で相対的に上昇するかのように思えるが、結果的には凝縮してしまい沈殿しているということが起こる。

そして最終的には有意差は認められないということになる(データは補糖処理区との比較)。

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これがアントシアニンの稿の次の稿としてこの記事を選んだ理由だ。
必ずしも濃縮果汁にしたからと言って色が濃くなるわけではない。
「必ずしも」というのは実際に濃縮することで濃くなるという研究結果も出ているからだ。
このあたりは与える圧力、温度(温度の上昇は膜間の流速を早める)、時間などの兼ね合いもあるだろう。

ただこの技術のポイントは膜の種類によって様々な物質を取り除けるということだ。
昨今の研究では酢酸やアルコール分などが取り除けるようになっている。


2. アルコールとテイスト

さてここからがこの記事のメインパートだ。


濃縮果汁も補糖も糖濃度を上げることに用いられ、それがアルコール分の上昇となる。

これらは地球温暖化によって過度な糖分が問題になっている国にとっては過去の話だが、どの国も常に環境に対してはリスクを背負っている状態なので、簡単に切り捨てることはできていないのが現状だ。

そしてアルコール分を「適切」な範囲にすることはテイスト対して大きな意味を持つ。

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一般的にアルコール分の上昇による変化とはなんだろうか。

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ドイツ語で申し訳ないが、この研究ではピノ・ブランを14%から11,10%のアルコール分に変えて実験を行っている。その結果アルコールが寄与している部分というのは

1:アルコール感
2:甘さ
3:ボディ感
4:フルーティーさ
の4点だということがわかる。

ただ一方で単純にアルコール分とテイスティングの順位を統計で処理しても有意な差は得られないので、消費者側に好まれる特有のアルコール度数というのは存在しないということも付け加えておく。

ここまではアルコール分を管理することの意味を述べてきた。
ここからは補糖と濃縮果汁との違いにも触れつつ具体的な例をあげる。


3. 補糖(Chaptalization)と濃縮果汁

別の研究になるが、補糖によってアルコール分を上昇させた場合の結果がこれだ。

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これは糖濃度が上がりきる前に2回収穫して、それらの果汁を補糖によって、熟期に収穫したブドウの糖濃度(23.5°Brix)に合わせてみるという研究だ。

ポイントは先にも挙げた4点。

ここでもしっかりとボディ感や余韻の長さなどに改善がみられる。

そしてこの研究では2回目の収穫(22.0°Brix)に18g/L分補糖し、アルコール分を合わせたものは、熟期を迎えてから収穫したものとテイストのスタイルは遜色ないものだと主張している。

ただし酸度と香りは先のチャートを見てもわかるように少し熟期のものから外れているということもあるので、実際しっかりと熟期が待てる状況であれば、待ったほうがいいのは確かだ。

ただ一方で、降雨や病害の影響で待つことができないのであればこの事実はかなりの追い風になるだろう。

自分も含め、世間的には補糖は低品質の合言葉のように用いられることも多い中で、こういった事実を知っているのと知らないのでは選択肢の幅が異なる。

そして次に濃縮果汁についてだが、これもほとんどアルコール分の上昇によるテイストの向上は同じだ。

それに加えて非酸化的に行える(かき混ぜる、溶かすといった行為がない)という点から、酸化によって失われやすいチオール類のアロマが補糖に比べて多くなる。

さらにある研究ではボディ感やフローラルさなどは濃縮果汁を用いた方が感じられるということも言われている。

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*チオール類:上図3MH,A2MEなどの物質で現在名前はMのmercapotの部分はsulfanylになっており3SHなどと表される。

一方で他の研究では全体の香り成分が浸透膜によって失われているといったことを示唆する研究もあるので、コスト的にも単純にこちらがいいということも言えない。

このあたりも膜の種類、温度などがかかわっているのだろうと思う。

ちなみに詳しい説明は割愛するが下の図は色に変化が出たというパターンの研究結果だ。

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こちらは色に変化はでたものの、テイストや香りに関しては対象区と差がない。

つまり簡単にここまでをまとめるとこういうことになる。


少量の補糖ワイン≒適熟のワイン
濃縮果汁のワイン≒適熟のワイン


いずれの方法でもかなり熟期に収穫したブドウからできるワインに近いものができるということだ。


補糖や濃縮は悪だと思われることが多いが、案外捨てたものではないということを今一度学んで日本ワインを眺めてみてはいかがだろうか。

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奥村 嘉之/WineHacker
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