本来の自分に出会おうと思ったなら、安心してお互いを映し合える仲間が必要になる
「私は私のままで大丈夫なんだ」
「私は何も無理なくそのままで生きて良いんだ」
ということに確信を持つことは
なかなか一人では難しいもので、
何かしらの仲間やコミュニティなどの
人とのつながりが、
確信を持つ力となってくれます。
「私は私のままで大丈夫」
「私は無理なく、そのままで生きて良いんだ」という
気づきや学びは
静かに自分自身を見つめ
自分で気づくものであって、
もちろん
人にあれこれ言われる学びではありませんが
でも、安心できる場や仲間がいることで、
自分の内側にある、
小さな「本音」や
日々の小さな「発見」を
思うままに出すことができて
出すことで(相手に映し出すことで)
それが自分に返ってきて、
さらに自分の気づきになり、学びになり、
成長に繋がり、自信になり
安心して本来の自分に
戻っていくことを可能にしてくれます
昔から、東洋でも西洋でも、世界中で
内なる自分(内なる神)を発見するために
僧院などで人が集まることが
重要視されてきたのだと思います。
人間関係は
お互いに学びをシェアをするか、
お互いのストーリー(幻想)をぶつけ合うか、
のどちらかなのかもしれません。
お互いの学びをシェアできた時、
私たちは内なる自分と出会い、それを生きることができて、
お互いのストーリー(幻想)をぶつけ合う間は、
争いはなくなりません。
ひとりが気楽、
ひとりが好き、
私もひとりの時間が大好き人間ですから
その気持ちはよく分かります。
そもそも、
できることなら引きこもり希望ですから(笑)
本さえあれば、
何か月、何年も?
誰とも会わずに過ごせる自信はあります
(どんな自信?)
でも、本来の自分に出会おうと思ったなら、
それを映し出してくれる仲間がやはり必要です。
だからと言って
急がなくて大丈夫ですし、
焦らなくて大丈夫、
求めれば、そのタイミングは与えられますから、
自分が自分のままでいられる仲間、
自分の内なる声や本音を安心してシェアできる
コミュニティと
出会ってもいいかな、くらいに思っておくと
良いかもしれません。
仲間やコミュニティが苦手な人の中には
「これ以上、傷つきたくない」が
ある人も多いかもしれません。
でも、無防備でいればいるほど、
私たちは成長できます。
ですから
安心できる仲間やコミュニティに対しては
少しづつ心をオープンに。
その時、
何もしていなくても、
何も持っていなくても、
このままの私で大丈夫なんだ、が
またひとつ確信につながっていきます。
素敵なご縁に出会えますように。