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パンとお船と横浜と
港で、パンを食べる。
それはやり残していたことの1つだった。
場所は横浜。
横浜には、福山雅治のライブに行くためにこれまで何度も足を運んでいる。
訪れるときは、クイーンズスクエアや赤レンガ倉庫、MARINE & WALK YOKOHAMAなど、桜木町駅を起点にその周辺を歩いてうろうろ散策することが多い。
桜木町駅からランドマークタワーへ向かうときは、重要文化財である「帆船日本丸」の雄大な姿を見るのが楽しいし、赤レンガ倉庫に向かうならかならず汽車道を通るようにしている。
最近では「YOKOHMA AIR CABIN」というロープウェイに乗って、景色を味わいながらあっという間に移動できてしまうそうだが、私はやはりこの汽車道を歩くのが好きだ。
汽車道は、1911年に貨物輸送のために開通した臨港鉄道の一部を、海を渡る遊歩道として活用している道だ。
敷き詰められた木の板の間に埋まっている当時の横浜臨海線のレールを辿りながら、潮風を感じつつ、ときおり水面をはねる魚を探して歩くのが、私は好きなのだ。
左右を見渡せば現代の建物が広がる中、途中、当時のままを残したトラス橋の下を歩いていく。その光景は、今と昔を繋いでいてとてもいい。
しかし、こうやって横浜の町が好きな私だが、うっかりやれていないことがあった。
港で、パンを食べていない。
長崎の港でパンを食べることが好きになり、その後神戸でも鉄塔の美女と町について思いを馳せながらパンを食べたのに、何度も行っているはずの港町・横浜ではパンを食べていない。
なんなら、先にあげた場所以外のところは、あまり散策できていなかった気がする…
ならば行かねばならぬ。
港でパンを食べねばならぬ。
そんな矢先、彼が横浜に行きたいところがあるということで、朝パンチャンスが巡ってきた。
よし。ぜひ、お供させてくれ。
さわやかな冬空の平日11時。
私たちは元町・中華街駅に降り立った。
目的地は「ウチキパン」。日本で初めて食パンを作ったという老舗ベーカリーだ。
「イングランド」という名の食パンは、この店の看板商品で、創業当時から136年にわたって受け継がれてきた味らしい。
お店は大きなガラス窓にレトロな文字で店名が書かれており、店内には多くの人が訪れていた。
窓側に並べられたパンは、たくさんの種類がある。
さぁ、どれにしよう。
せっかくなら食パンを食べたいところだが、これから港で食べるのにはちょっと不向きだ。
なのでそれはまたの機会にして、お互い2つずつ気になるパンを選んでお店を後にした。
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レトロな文字がかわいらしい
途中コンビニでカフェラテを買って、それが冷めないうちにいそいそ山下公園へ向かう。
平日だが、山下公園は老若男女で賑わっていた。
ちょうど海沿いの氷川丸の目の前のベンチが空いていたので、そこに腰を下ろしてだいぶ遅めの朝食をいただくことにする。
彼はピロシキと細長いアップルパイ。
私はチーズのパンとイタリアーノという菓子パン。
イタリアーノは、その表面にパールシュガーがまぶされていて、ほんのり甘い。
そして外はカリカリで、中はふんわりと軽い食べ心地。
チーズのパンは、生地の真ん中にチーズのかたまりがあり、その上にむちゅっと絞ったたっぷりのマヨネーズがのっていてる。
ちょっぴりしょっぱくて、これまた美味しい。
彼は、アップルパイがとても美味しいと言って食べていた。バターの甘さが効いていて最高だそうだ。
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むちゅっと、たっぷりマヨネーズ
そうやって2人でパンを味わいつつ、横浜の景色に目を向ける。
「こうやって見てみると、同じ港でもやっぱり神戸と横浜は違うよね」
そう彼が言った。
「ほう。たとえば、どんなところ?」
「ほら、あっちのほう見てみてよ。横浜はさ、海沿いにタワーとかホテルなんかの高いビルがけっこう集まってるんだよね」
そう言って彼は、桜木町やみなとみらい方面を指さした。そこにはランドマークタワーや、半月型のインターコンチネンタルホテルなどの高い建物が多く並んでいる。
「でも神戸はさ、海沿いに高いビルってなかったように思うんだよね。そもそも、町自体に高いビルがたくさん集まってるかんじもなかったし。
それからポートタワーのある港ら辺も、なんかきれいで、俺的にお上品なかんじがしたんだよね」
なるほど。たしかに、神戸の港は少し新しいかんじがした。
それにいくつか港にあった観光船も、屋形船の形をしたものがあったりと、観光客を意識した雰囲気があった。
だけどその反面、震災の爪痕も大事に残している。
「なんていうか、やっぱり震災後の復興のために色々きれいにした、というのはあるんじゃないかなぁ」
そう伝えると彼も、そうかもね、と頷いた。
神戸の港は、きれいで人々の憩いの場であるとともに、その歴史には震災と復興の光と影が刻まれている場所なのではないだろうか。
では、横浜の港や海沿いはどうだろう。
ロープウェイが運行開始したのは3年前だし、2019年には商業施設や客船ターミナル、ラグジュアリーなホテルを兼ね備えた複合施設、横浜ハンマーヘッドなるものがみなとみらいにオープンした。
町はおしゃれで便利な場所へとどんどん進化している。
しかし、先ほど紹介した汽車道もそうだが、歴史を感じるものも横浜の景色にはまだまだ存在している。
例えば、いま私たちの目の前の海に浮かんでいる氷川丸。
氷川丸は、1930年に日本郵船が当時最新鋭の船として建造した、シアトル航路用の貨客船らしい。
海外に渡るには船が唯一の手段だった当時。
この氷川丸にも喜劇王チャールズ・チャップリンや、柔道の創始者である嘉納治五郎など、多くの著名人が乗船し海を渡ったとのことだ。
その後、氷川丸は戦争も経験したが、現在では戦前の現存する唯一の貨客船として、船内や貴重な資料の展示を見ることができるようになっている。
そうやって彼が指さしたおしゃれで便利な町の姿と、目の前にある長い年月を生きる船とを見比べる。
この横浜という町は新しいものを取り入れつつ、歴史あるものも町の特色として活かしながら、うまく融合させてさらなる魅力的な町へと進化しているのだな、と海沿いからの景色を見て感じた。
いつの時代も最新の乗り物や便利な施設が、私たちの暮らしを豊かにしてくれる。
それらは、ときにはその場所の歴史を活かしながら、さらなる魅力的な場所へと進化を遂げていくのだろう。
そしてそれらもいつかは歴史の一部となって、また別のさらなる「新しいそれら」が歴史を作り、そのサイクルは繰り返されていくのではないだろうか。
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現代の建物たちと、ちょっぴり見える赤レンガ倉庫
そう思いを巡らせながら、私はゆっくりじっくりパンを食べ終えた。
こうやってパンと景色とその場所を味わえるこの時間は、かなり贅沢なひとときだ。
ぜひ、またどこかでこんな時間を味わいたい。
そうだ、せっかくならこの活動に名前をつけてみよう。
「港で朝パン部」
うん、いい響きだ。通称「朝パン部」だ。
ところで、部員1号(彼)のもう1つのパンはどんなお味だったのだろう。
「ねえ、そういえばピロシキはどんな味だった?」
「え…。最初に無心で食べちゃったから、覚えてないやぁ」
ちょいっ、部員1号! しっかり味わえっ!
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朝パン活動にはホットドリンクも欠かせない
⚓️港で朝パン部🍞 活動記録①