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お茶とお作法、茶壺のお風呂


「横浜でお茶を飲んでみたい!」

彼にしては珍しい要望だった。
私はお茶や紅茶が好きだが、彼はどちらかというとコーヒー派だし、お茶を飲むとしてもスーパーやコンビニで買うお茶が多い。
それが、専門店で中国茶を飲んでみたいとは…
なぜかと聞いたら「せっかく横浜に行くから、中華街に行って肉まんと中国茶を飲んでみたいんだ!」という、シンプルなものだった。

おもえば彼と付き合い始めたころ、私の希望で一度だけ中華街のお茶屋さんに行ったことがある。
でもそれから5、6年は経っているので、再び本格的なお茶が飲めるのは私としても反対する余地はなく、俄然楽しみな提案だった。


悟空茶荘


「悟空茶荘」

中華街にはいくつかお茶屋さんがあるが、1階がお茶や雑貨の販売フロアになっている「悟空茶荘」さんにおじゃますることにした。
人気のお店のようで基本的には混んでいるそうだ。私たちが行った平日昼過ぎで、3組待ちの状態だった。(帰るころには10組待ちだった!)

番号札をとって順番を待ちながら、1階の雑貨をぐるぐる見て回る。
店内はたくさんの商品が並んでいるので、通路はとても狭い。だけど小さくてかわいい湯呑みや、種類豊富な茶葉たちを見ているのはとても楽しかった。
この時点で、私はもうわくわくしている。

(なんかいいなぁ。本格的な道具とか揃ってるし、湯呑みはかわいいし、お茶の種類も多いし〜。帰りに何かお土産買って、お家でもお茶時間しちゃおっかな〜!)

普段、私はお茶が好きだ。飲むのはもちろん、おしゃれなお茶屋さんのInstagramやホームページを見るのも好きだ。商品紹介を読んでいるだけで楽しい。

だけどぶっちゃけ、良し悪しなんぞわからん。
香りとかわからん。
いや、ちょっとはわかる。
わかる気がする。わかるんじゃないかな。わかることにしておけ。
しかし、じぃっと自分の中のお茶愛を見つめ直すと、美味しいから好きという気持ちもあるが、お茶という存在が好きなんだ、というのに辿り着く。
なんか、いっぱい種類あるし。
フレーバーティーは多種多様だし、紅茶はミルクや砂糖でも美味しいし。
パッケージかわいいし、お茶缶おしゃれだし。

私にとってお茶は、おやつタイムを楽しいものにしてくれる存在であるとともに、たくさんの種類や道具は見ているだけでも楽しい目の保養みたいな存在なのだ。
もちろん、ゆっくりお茶を飲みながら書き物をしたりおしゃべりをしたり。そんな時間も大好きだ。


そんな風にわくわくしていたからか、楽しみ度合いが高まって、待っているこの30分は長かった。
ようやく番号が呼ばれたときは、嬉しくて「はいっ!」と手を高くあげていた。

階段をのぼって、2階へ通される。
カフェスペースは席数も多そうだが、当然満席だ。
私たちは奥の壁側にある2人がけの席に案内される。

席には電気ケトルと謎の壺があり、それからメニューが置いてある。
メニューにはたくさんの種類のお茶が、その種類ごとに分けて記載されていた。

例えば、烏龍茶でも台湾のものと中国のもので分けられ、それぞれ4、5種類の商品がラインナップされている。
その他に緑茶や紅茶、白茶などがそれぞれ数種類あり、お茶菓子などのフードもあった。

おもしろいのは商品名のあたまに小さなイラストがあることだ。
それは急須だったりポットだったりのイラストで、
どうやらそのお茶を淹れるのに適した方法を表しており、それで提供されるらしい。

さっそく私たちはお茶とフードを1つずつ注文した。

私は「阿里山高山金萱茶(ありさんこうざんきんせんちゃ)」を、
彼は「老茶 鉄観音茶(ろうちゃ てっかんのんちゃ)」を選んだ。
どちらも烏龍茶で急須で提供される。

注文してすぐにさまざまな道具が運ばれてきて、あっというまに机がそれらでいっぱいになった。

まず手前におかれたのは、小さな横長の小皿の上にのったまるで兄弟みたいな小さな2つの湯呑み。
片方は細長く(きっとお兄ちゃん)、もう片方は背が低くて、よく見る形の口の広い湯呑み(きっと弟)。

それからミルクピッチャーみたいな入れ物(たぶん…兄弟のお母ちゃん、、ということにしよう)。

そして最後にやってきたその茶器を一目見るなり、私は心を奪われた。

(な、なんだこれは…!)

それは、急須。

でもただの急須じゃない。
よくおばあちゃん家にある、陶器に薄い色で絵が描かれているような、あの急須じゃない。
茶色くて、つやつやしていて、なにより小ぶりでころんとしている。

(か、かわい〜!)

手の小さな女性の拳ぐらいの大きさだろうか。
よく見る急須より小さくて、そしてなぜか小深いお皿にのっている。
手元にあった茶器が紹介されているリーフレットを読むと、「茶壺(ちゃふう)」という名前であることがわかった。

(ちゃふう…。茶壺っていうのか、君は…)

そうやって茶壺に見惚れていると、店員さんが説明しながらどんどんお茶を淹れてくれる。

「茶壷」
とてもかわいい

さて。せっかくなのでここで、簡単にお茶の淹れ方を紹介しておこう。

①電気ケトルのお湯で茶壺を温め、そのお湯でその他の湯呑みとピッチャーを温める

②茶壺に茶葉を入れ、ケトルから熱湯を注ぐ

③蓋をした茶壺にお湯をかけて蒸らし、その間に湯呑みとピッチャーのお湯をすてる

④ピッチャーに茶壺をつっこむようにのせて待ち、中のお茶を移しきる

⑤ピッチャーから湯呑み(兄)に茶を注ぎ、湯呑み(兄)から湯呑み(弟)に茶を注ぐ

※うろ覚え。なんとなくこんなかんじであった。


注目してもらいたいのは③の工程だ。

小深いお皿にのった茶壺の上からお湯をかける。
するとお湯がお皿にたまり、なんとまぁ!まるで茶壺がお風呂に入っているみたいではないか!

(ひゃ〜!茶壺のお風呂〜!)

かわいいっ!
まんまるつやつやボディの急須が、お風呂に入ってる!
そう想像したら、思わず顔がほころんでにまにま笑ってしまう。

しかしそんなかわいい茶壺だが、④の工程でピッチャー(本名:茶海(ちゃかい))に頭からつっこんで、中のお茶を移し替えねばならぬ。
その姿はなんだか「がんばれぇ」と応援したくなる。逆さになって大変だよね。がんばれ。がんばれ、茶壺!

仕事中の「茶壷」
私にはこう見えている


ちなみに、ピッチャーと湯呑み2つを温めていたお湯は、最初からずっと私たちのそばにいた「壺」にすてるのだ。
店員さんが、壺(本名:水孟(すいう))にジャバジャバとすてたときは(お茶飲みながら愛でる壺じゃなかったんかい!)とちょっと衝撃的だった。

それから湯呑みブラザーズについて。
細長い兄の方は、本名を聞香杯(もんこうはい)という。
これは香りを楽しむための杯らしく、店員さんに「その茶器に移った香りをかいで、匂いも楽しんでください」と言われたときは、なんて雅で優雅なことだろう!とかんじた。

弟の名は茶杯(ちゃはい)。お茶をのむ杯、そのまんま。
しかし、この小ささが絶妙であることを私たちはあとで知る。

手前右から「茶海」「聞香杯」「茶杯」
(母ちゃん、兄、弟)


茶杯にお茶も注がれ、いよいよ私たちのティータイムがスタートする。
まずは聞香杯に残った香りを楽しんでみよう。
私が選んだ金萱茶は、ちょっぴり渋みの感じる香りだったが、彼の鉄観音茶も嗅がせてもらうと、そちらの方がより渋みを感じる香りだった。

「お客様がたが選ばれたお茶は、ちょうど対照的なお茶ですね。金萱茶は台湾のもので、鉄観音は中国のです。同じ烏龍茶でも味も香りもぜんぜん違うので、お互いに飲み比べると面白いと思います」

そう言って、店員さんはもう1つずつ茶杯を用意してくれた。
それにお互い茶海からお茶を注ぎ合い、最初は自分が選んだお茶を、それから相手が選んだお茶をいざ、テイスティング。

「あぁっ、違うね!」

2人して驚いた。
私の金萱茶は香りにほんのり渋みがあったが、味はとてもまろやかだ。すっと飲める。
それと比べると彼の鉄観音は、味も香りも渋みがあり力強い。
お茶って、こんなに違うんだ。
普段同時に別のお茶を飲むことなんてしないから、これはすごく面白い。

「お茶は5、6煎は飲めるので、ごゆっくりお過ごしください」

そう言って、店員さんは戻って行った。
それからは、店員さんのお手本を思い出しながら茶壷をお風呂に入れてあげたり、心を鬼にして茶海につっこんだりを繰り返してお茶を飲んだ。
その間ずっと彼と「お茶って、こうも違うんだね!」という話しや、お茶の淹れ方の面白さについて話していた。

そしてそのうち、お腹がちゃぷちゃぷ鳴ってきた。

「俺、水っぱらになってきたかも」

私もだ。
茶壷も茶杯も小ぶりだけれど、それゆえに一杯がすっと飲めてしまって、せっかくだからもう一杯、という調子でどんどん飲んでしまう。
これがマグカップだったらそれが飲み干せば終わりとなるが、小ぶりゆえにあと一杯あと一杯となって、気づけば腹がお茶の海になっている。
しかし、それと同時にじっくりお茶の時間と向き合えるので、とても贅沢なひと時だ。

そんなかんじで優雅な時間を過ごした私たちは、だいぶ心もお腹も満たされたので、そろそろお店を出ることにした。

いやぁ。お茶が美味しいのはもちろんだが、ただ飲むだけじゃなくて、自分でお茶を淹れる体験ができるのもすごく良かった。
ぜひまた来たい。
あと、茶壷は欲しい。
そう思って1階で探してみたら、なんと渋沢栄一がよゆうで飛んでく値段だった。

(だ、ダメもとで、クリスマスプレゼントにならないか聞いてみようかな…)

冗談半分期待半分で彼に声をかけようと振り向くと、彼はさっさとお店を出て行った。







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