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誰かのために生きねぇと、幸せにはなれねぇみてぇだ。

残念ながらそうみてぇだ。

自分のためだけに生きてみても、幸せにはなれねぇみてぇだ。

自分さえ良ければいい。
仕事を他人に押し付けて、デスクでゆっくりと過ごす。
確かに楽だ。
けどそこには充実感もなければ、他者からのありがとうももちろんない。

他人のために動くことは、ストレスを伴う。
そのストレスの向こう側にしか、幸せはないみたいだ。

ストレスを避けようとしない。ありがたがってみる。
幸せへの過程なんだと、自分に言い聞かせてみる。

やるだけやってダメなら、その時は無責任にぶん投げてしまえばいい。
所詮ゼロに戻るだけだ。何もしないより、幸せの音が鳴る方向へと一歩踏み出してみたい。

きっといきなりは難しい。
誰かのために生きてみても、うまく伝わらず、やりきれない気持ちを味わうこともある。
実際、そうやって心が捻じ曲がってきた。
誰かのために生きようとした時が確かにあったはずなのに、この世界を生き抜くために適応して、心を閉ざしてしまっている自分がいる。

きっとまだ大丈夫。遅すぎることなんてない。

誰かのありがとうに、まだ喜びや幸せを感じられる。その微かな残り香を、外へ外へと広げていこう。

人生は楽しむためにある。
自分のためだけに生きているのはもったいない。
利他的に。できる範囲で。誰かのために。それは自分のために。

今日の気づきだ。
結局、誰かのために生きねぇと、幸せは掴み取れねぇみてぇだ。

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