感想 ある男 平野 啓一郎 死んだ夫は別人の戸籍を使っていた。戸籍交換。その理由、交換した相手の生死。ミステリー形式のアプローチなので面白い。
平野作品にしては読みやすく、ミステリー形式なのでグイグイくる。
映画化もされており、平野さん独特の癖のある思考も健在。
色んな面で楽しめる作品になっています。
夫が死亡した。しかし、彼は存在しない人だった。
彼の家族に連絡を取ると、兄がやってきて確認すると別人だという。
弁護士の視点で、この男を調査するというミステリー形式になっています。
モチーフは戸籍交換。
どうして、彼は戸籍を交換したのか。交換した相手は何者で生死のほどは・・・。
この探偵役の弁護士は在日です。
それをやたらと強調しています。たぶん、時期は東日本大震災の後なのか、ネット右翼のヘイト記事をやたらと気にしています。
たしかに、関東大震災の時には、朝鮮人が井戸に毒を投げ入れたという噂さが流れ在日の人たちが殺害されたという事件がありました。
数年前、僕は 福田村事件 という映画を見ましたが、この映画はその朝鮮人虐殺が描かれていました。
だからと言って、今の時代に在日が理由で無実の罪で殺害されたり差別されたりなんてないと思うのですが、主人公は作中で何度も何度もそれを思考し、妻や子までその被害妄想の中に巻き込もうとします。
僕と著者は同年代なので、この思考わからなくはないのです。学生時代、朝鮮学校の女生徒が民族衣装に近い制服を電車の中でカッターナイフで切り付けられたというニュースがありました。
差別はある。とくに拉致問題が報道されていた時は確かにありました。
しかし、今、震災で在日朝鮮人に嘘の罪をなすりつけ虐殺するとかありえません。
これは平野さんらしいというのか、少し被害妄想的で、思考の天秤が大きく傾いている傾向というのか、他の作品にも見られる極端さがありますが、本作では在日というワードでの被害妄想が鼻につきます。正直、鬱陶しいです。
平野啓一郎. ある男 (Kindle の位置No.1821-1822).
平野啓一郎. ある男 (Kindle の位置No.1825-1826).
平野啓一郎. ある男 (Kindle の位置No.3248-3249).
ある人間をあるキーワード、この場合は在日ですが・・・に象徴させ、その人のパーソナリティーを無視し在日というカテゴリーのみで判断される。それを主人公はすごく嫌悪しています。
この傾向はわかります。
人を何かの形にはめ込んで単純化する傾向が僕たちにはあります。
警官だから・・・、教師だから・・・、犯罪者の息子だから・・・。
日本はそんなに単純ではない。
人には多面性があるのです。
だとしても、主人公の思考は少しばかり神経質な反応だと思う。
やたらと、在日を気にしすぎなのです。宮崎に出張した時、酒場で彼は、このある男Xになりすますのです。彼には、どこかに他者になり人生をリスタートしたいという願望があるみたいです。だからか、ある男Xが戸籍を交換した男の元恋人に惹かれます。彼女も彼に惹かれていたので、もしかするとという展開にまでなりました。
ここに僕は、平野さんの分人という思想の断片を見たような気がする。
在日弁護士の主人公の中には、在日ではない別の人になりたいという願望があり、このある男の消息を辿っている間に少し違う自分を冒険したかったのかと思うのです。
平野啓一郎. ある男 (Kindle の位置No.628).
この戸籍交換に対する憧れがあったとも思えます。
平野啓一郎. ある男 (Kindle の位置No.2356-2357).
平野啓一郎. ある男 (Kindle の位置No.3330-3336).
平野啓一郎. ある男 (Kindle の位置No.3354-3357).
この複雑な精神構造を僕は理解できない。
逃避という言葉が重要だと感じます。
つまり、他人の過去を貰い生きることは人生の逃避のような気が僕にはします。
確かに、父親が有名な殺人犯なら、そうしたいのはわからぬではない。
人生をリセットしたい。
しかし、そんなことはできるのか。
できるわけがない。
他人は誤魔化せても自分には嘘はつけないのです。
本書の言いたいことは、人間をあるワードによって単純化し決めつける、この世界の判断基準に対しての不満だと思う。
その人のことを見ないで、在日とか、犯罪者の息子とかのワードで、その人を判断する。
そして、差別したり排除したりする。
それが嫌で、ある男Xは戸籍を交換したということなのだと思いました。
2024 12 2