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書のための茶室(三):遠山邸見学(下)

離れの茶室にやってきました。

いざ茶室へ

崇:雨が強くなってきましたね。暗くならないうちに見せていただきましょう。素晴らしい蹲ですね。
依田:先日お越しになった庭師さんによると、蹲と織部灯篭は江戸時代のもので間違いないだろうとのことでした。

蹲と灯篭

依田:こちらにも、鞍馬の沓脱石があります。

茶室 沓脱ぎ石

昌:すごい石を見慣れて来て、もはや驚かなくなってきました。

依田:さて、茶室に入りましょう。こちらは亀山宗月という裏千家茶人が作った茶室です。
知:壁の模様が見事ですね。
依田:もともとは土壁で、埋め込んだ柱の部分が模様として残るんですね。もちろん計算して作られていますが、綺麗に模様を出すのは簡単ではないようです。10年ではこの模様は出ません。2~30年はかかります。

茶室のようす

知:ではこれを作った人は、今の状態を見られない、ということですね。
依田:そういうことです。
昌:自分は見ることができない未来のことを考えて作るなんて、ロマンを感じます。

依田:間取りは4畳の中板。船底天井、平天井、化粧屋根裏天井の三つの天井で構成されています。袖壁をあっさりと取り払ってしまい、中板の分、点前座が広くなったおかげで、点前座の上を船底天井にすることができたんですね。これは建築家の中村利則先生に言わせると、裏千家の寒雲亭のオマージュではないかというご指摘でした。天井の節回しにけやき・竹・桜・コブシを用いています。本邸で使っている余り材を使ったことが分かります。

天井の様子

知:数種類の天井を組み合わせるのは、空間を広く感じさせるための工夫ですか?
依田:むしろ変化をつけるためとよく言いますけどね。同じ天井だけだと空間が単調になっちゃうんで、そこに変化をつけることによって客を飽きさせないんだ、と。利休の待庵も、2畳の空間に3種類の天井を使っていますね。

昌:天窓がありますね。
依田:この天窓から綺麗に梅の枝が見えたんです。そのための天窓でしたが、残念ながら今は梅が枯れてしまいました。
007:遠山邸の庭は梅が綺麗だったので、昔は梅屋敷って呼ばれていたんです。タクシーに乗って「梅屋敷行ってください」と言うと、ちゃんとここに着いたそうです。

昔はここから梅が見えたそう

依田:点前座の吊り棚が真っ正面にあるというのは珍しいんです。これは、裏千家の御祖堂に蛤棚という形があり、それを憚って棚にスリットを入れ、州浜の形にした。これで釣り棚としたのです。裏に設計者の亀山宗月の直筆の歌が書いてあり、実質のサインとなっています。

点前座の様子

依田:泣露千般草。吟風一樣松(露に泣く先般の草、風に吟ず一様の松)。寒山の漢詩だと言われています。人里離れた山里の情景を読んだものですね。

灯りの配置も移動の邪魔にならないように、でも必要なところは見えるようにと、非常によく考えられています。給仕口にも薬玉の絵が書いてあったり、水屋の目隠しに遠山が入っていたりと細かなところまで気配りがあります。目隠しの下にスリットが一本入っていることで、採光になり、暗くなりすぎないんです。宗月の思いやりを感じます。

給仕口の板に描かれたくす玉
水屋の目隠しに浮かぶ遠山

依田:水屋も広くて、お茶をやる人には非常に使いやすい作りになっています。茶会用の水屋と懐石用の水屋があります。ガスと炭の丸炉があり、お茶と煮炊きが両方できるようになっているんですね。この水屋の誰も見ないところにまで、いい材を使っていることが分かります。

なんとなく、茶室で語らう

昌:どうですか、天井高的には。もともと根本さんには、昔の茶室が小さすぎる、というところから始まった企画ですが。
知:あまり窮屈には感じませんね。茶室は座ることを前提として作られていることを感じます。
依田:畳の部屋の内側から見た目線を基準に、全てが構成されていますよね。庭の眺め等もそうです。
雪:昭和の時代に、どのようなお客様をお招きになるかを想定して作られたんでしょうね。普段座り慣れない方も招けるように、など考えたのかもしれません。
007:その頃から海外の方がよくいらしたので、加味して考えていたとは思います。
雪:流儀の違いもあるかも知れませんね。江戸千家では小間では立って歩いちゃいけないんです。だから高さがあまり必要ありません。お茶事で御膳を運ぶ時も、膝行で運ぶんです(実演してくださる)。でも現代の感覚からすると難しいかもしれませんね。

依田:私たち美術研究家は、建築だけを、例えばふすまだけ取り出して見るということをやってしまいがちなんです。特に茶室は、その中で人がどう動くかを考えて本来施工されていることを、近代の美術史も建築史もあまり拾い上げきれていないなあ、というのが反省すべきところではあります。
知:僕はどなたかから「茶室は過ごすもの」と聞いた時、はっとしたんですよね。「居る」とか、「過ごす」、生活につながるところだと。

床とは・・・

知:僕は今、床の起源に興味を持って調べているんです。色々な説がありますが、なかなか決め手となるようなものがありません。
依田:床の間の発生は、はっきりしていないんです。主殿造りの押板や、秀吉など貴人が座る上段の間を前身としますが、16世紀の間になんとなく出来上がっていく様に見えます。
知:闘茶や道具を見せるための板だった、というのは聞いたことがあります。仏壇からという説もありますね。
依田:利休が、道具が飾れるかどうかを非常に気にしていたというエピソードはあります。やはり間口の寸法は重要で、建物を小さくしていく中で間口が狭くなり、その床の間に合わせて一行書が重宝される様になったという経緯はあるでしょう。
知:そうして唐絵が茶の湯に用いられなくなったというのはあるでしょうね。
崇:かけたい軸に合わせて床の間を作ったのもありますよね。
依田:典型的なのは大徳寺龍光院の密庵席ですね。1メーター以上ある密庵禅師の墨跡をかけるためにぴったりの床の間を作りましたよね。

知:書は呪術的な祈りの要素もありましたから、洞窟にひさしを当てて、祈りの場としたと言う投入堂が発生なのではという仮説を立ててみたりもしています。そうした聖域に対する昔からの意識が、床に残っているのではないか。
依田:床という意味ではそうした要素もあるかも知れません。茶室にまで空間を広げると、僕は火を囲んで寛ぐというのが茶室のある種の根源を作っているのではないかと思っているんです。炉というものがここに残っていて、亭主と客が炉を囲むという竪穴式住居の空間がかろうじて残っている。囲炉裏もこたつも消滅の危機にありますが、これは竪穴式住居の末裔とも考えられるんです。
知:何か共通のものを囲み、分かち合うという行為は共通した要素としてあるのでしょう。長い時間の間に様々な精神性や文化を飲み込んで生まれた結集ということができそうですね。

昌:なんだか居心地が良くて、外がすっかり暗くなってしまいました。
崇:過ごしやすい空間なんですよね。
知・崇・昌:依田さん、今日は一日有難うございました!

では次回はこの経験を踏まえ、根本さんの理想の茶室の検討に戻りましょう。

文:山平 昌子
写真:山平 敦史

〜ご協力いただいた方々〜

依田 徹 (よだ とおる)さん
1977年、山梨県生まれ。東京藝術大学大学院美術研究科芸術学専攻。博士後期課程修了。美術博士。遠山記念館学芸課長。専門は日本近代美術史、茶道史。好きな和菓子は、赤坂塩野の猪子餅。

川上 閑雪(かわかみ かんせつ)さん
茶道江戸千家蓮華菴十一世家元
流祖 川上不白以来の江戸千家の道統を踏まえながら、現代生活の中での新たなる伝統の創造としての茶の湯を常に念頭に置きつつ 日々の修錬に励む。 作ってくれた人の姿勢が見えるようなお料理が好き。

ひとうたの茶席のこちらのインタビューもぜひご覧ください!
 →俳諧を愛した茶人、川上不白

謎の紳士(007)
ジェームスボンドにインスパイアされ、アルファロメオとアストンマーチンを愛する紳士。鞄はもちろんグローブ・トロッター。ウォッシュチーズの王様と言われる、エポワスを好む。江戸千家にて、茶の道にも邁進している。
世を忍ぶ仮の姿は、今回ご訪問した遠山邸の当主である遠山元一氏の孫、
遠山 明良(とおやま あきよし)さん。

〜いつもの人たち〜

三尋木 崇(みひろぎ たかし)
「五感を刺激する空間」をテーマに、建築と茶の湯で得た経験を基に多様な専門家と共同しながら、「場所・時間・環境」を観察し、“そこに”根ざした人、モノ、思想、風習を材料に“感じる空間体験”を作り出す。 普段は海外の大型建築計画を仕事としているため、日本を意識する機会が多く、そこから日本の文化に意識が向き、建築と茶の湯を足掛かりに自然観を持った空間を発信したいと思うようになり、活動を開始した。 2009年ツリーハウスの制作に関わり、2011年細川三斎流のお茶を学び始めてから、野点のインスタレーションを各地で行う。 ツリーハウスやタイニーハウスといった小さな空間の制作やWSへの参加を通して、茶室との共通性や空間体験・制作のノウハウを蓄積している。
今の時期の和菓子は 、越後屋若狭の水羊羹。 洋菓子では、 HARUのコロネ。

根本 知(ねもと  さとし)
かな文字を専門とする書家。本阿弥光悦の研究者でもある。2021年2月、「書の風流 ー 近代藝術家の美学 ー」を上梓。
最近ハマっているのは、セブンイレブン限定の「しましまうまうまバー」。パリパリ食感のチョコとバニラのハーモニーが絶妙。

山平 敦史(やまひら あつし)
鹿児島県出身。フリーランスカメラマンとして雑誌を中心に活動中。
最近、菓子ましチャンネルでいただいた川端道喜の水仙粽に感動した。

山平  昌子(やまひら まさこ)
茶道を始めたばかりの会社員。「ひとうたの茶席」発起人。
松本 翁堂のたぬきケーキとたんすケーキを、時々無性に食べたくなる。


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