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別れの日は晴れた日がいいだろう 5
なんみょーほーれんげーきょー
…眠い。
お経って、なんて長いんだろう。というか、何語? なんて言っているのか全然訳がわからない。
部屋にたちこめる、お線香の香り。
響きわたる木魚の音。
じじいは立派な戒名をもらっていた。意味わからないけど。
何度も復唱するお経。すすり泣く人の声。
「黙祷をお願い致します。」
と、和尚さんに言われて、下を向いて、目を閉じた。途中で頭を上げてみた。
おばあちゃんはじじ
別れの日は晴れた日がいいだろう 4
「嬉子さん。」
「あら、俊春さん。中学の帰り?」
「嬉子さんこそ、高女の帰りでしょう?」
「ええ、俊春さんは剣道部でしょう。その帰り?」
「そう、本当は文芸部に入りたかったんですけどねえ。このご時世、男たるもの文学なんてけしからん。おまけにちょいと尖ったことでも書けば、お上にたてつく思想犯になりかねませんからね、とっくになくなってしまいましたよ。文芸部なんて。文武両道が我が中学の謳い文句だったはず
別れの日は晴れた日がいいだろう 3
一階に降りると、お母さんがくたびれた顔で、ダイニングテーブルの椅子に座っていた。
「お疲れー。」
「お疲れー、じゃねえよ。いつまで休んでんだよ。夜の9時だよ、今。」
明が怒って言った。
「やっと皆さん、お帰りになったわ。あんたもお寿司いただいちゃいなさい。」
お母さんに言われて、残り物の滅多に頼まない特上寿司を食べた。ウニ! 寿司が食べれたことだけは、じじいに感謝だな。
「…今さ、姉ちゃんが考えて
別れの日は晴れた日がいいだろう 2
そんなじじいにも、知り合いというものはいたんだな。七十七年という人生の間に。
ぞろぞろと告別式にやってくる、参列者の人達。
「まあ、田中さんにこんな大きいお孫さんいたの。」
あら、良かったわねぇ、と口々に言う、じじいの学生時代の級友のおばあさん達。
「何がいいんだろうね。」
明がぼそっ、と言った。
「さあね。」
お年寄りの言うことなんて、四捨五入して、二十代のあたし達になんてわかるわけないじゃない
別れの日は晴れた日がいいだろう 1
斎場にて数珠を手に拝む。
あの人は大きく引きのばされた写真の中微笑んでいる。
-この話はあたしが十五年前に知ったこの女性の話。
じじいが死んだ。
死因は、餅をのどに詰まらせて。
あっけない死に様だった。
気付いたら、こたつに入ったまま、寝ている状態で死んでいた。そのまま救急車で運ばれていったけれど、搬送先の病院で医者に、
「ご臨終です。」
と、言われた。
あたし達家族―じじいの長男であるお父さん
別れの日は晴れた日がいいだろう 登場人物
あたし…じじい(田中俊春)の孫娘で明の姉
田中明(たなかあきら)…じじいの孫であたしの弟。
田中俊春(たなかとしはる)…じじい。あたしと明、美紀の祖父。
田中美紀(たなかみき)…じじいの外孫。あたしと明の従姉妹で正春叔父の娘。
田中俊之(たなかとしゆき)…あたしと明の父。俊春(じじい)の長男。
田中正春(たなかまさはる)…あたしと明の叔父。美紀の父。俊春の次男。
吉村嬉子(よしむらよし