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私が朝ドラを欠かさず観る理由――『おむすび』が始まって

秋になった。年度下半期になった。そして、NHK大阪放送局制作の朝ドラ『おむすび』(作:根本ノンジ)が始まった。新人女優の登竜門と言われて久しい朝ドラだが、すでに貫禄たっぷりの橋本環奈が猫背で冴えない高校1年生を演じていて、ここ最近の紅白歌合戦のこなれた司会ぶりを思い返しては、さすが橋本環奈だと思う日々は2週目を迎えた。

舞台は福岡県の糸島市と福岡市。個人的にここ1年半ほど、福岡には仕事で何度か足を運んでいる。今年の春には糸島の海沿いの宿に泊まったし、天神エリアを縦横無尽に行き来しながら、あちこちを移動したり観光したりした。

だから、橋本環奈が演じる結が、ギャルたちに呼ばれて地元の糸島から1時間かけて天神まで向かう距離感も身に覚えがあり、「そうそう、知ってる、知ってる」とうれしかった。

3月末、桜が咲きかけの天神近く。大量の屋台を通り過ぎてキャナルシティに向かう途中でした

かくいう私も大阪生まれ大阪育ち大阪住まいであり、朝ドラには大阪舞台の作品が多く、「はいはいはい、あの地域の話ね」なんてことも多い(特に、直近の現代作品である『舞いあがれ』舞台の東大阪は前職の職場に近くまち柄を知っているから、物語の裏側を想像しやすかった)。

が、今回は「なんとなく知っているまち」がクローズアップされるおもしろさというものもあるのだと知った。「ここ知ってる! 前に行った!」というシーンに出会うたびに、心が浮き立つものだ。

とはいえ「なんとなく知っている」というのは、実はほとんど知らないことに等しい。たとえば、天神のまちにおける作中の2004年と今の違い。2020年3月に閉店した「天神コア」がCGで映し出されている、といったXのポストを見て、「へえ、こんな建物があったんだな〜」と思った。たしかに、今年の春に天神に行ったときにはなかったものだ。そういえば、当時現地でお世話になった方も、天神を車で走りながら「この辺りはビルの再開発が進められていて、まちも様変わりしていて、ビッグバンで……」とおっしゃっていて、「え、びっぐばん?」と聞き返したのだが、なるほどその『天神ビッグバン』の一環で天神コアはなくなってしまったとのこと。情報の点と点を線で結んだような気持ちよさがあった。

あと、糸島は野菜のまちであることも、知らなかったなあ。9話目で結が「糸島はそこらじゅうでイチゴ育てとんもん」と言っていたのも、「へ〜」と思った。物語を堪能するのはもちろんだが、知らなかった事実を知るのは楽しいものだ。

朝ドラにはまったく関係がないが、福岡は「ごまさば」がマジでおいしい。
このおいしさ、大阪にいるだけでは知りっこなかった

知らないことを知ることができる。これは、私が毎回朝ドラを欠かさず観続ける理由の一つだと気づいた(ほかにもたくさんあるのだが、それはそれだ)。

いま、ちょうどBSの再放送枠で2011-12年の『カーネーション』(作:渡辺あや)が放送されているが、当時中学生だった私は「このころ(1920年代)の女性は、20世紀なのに着物で過ごしているんだな!」とか、「当時はオーダーメイドで服を買うんだな」(戦後の描写の中でレディメイドという言葉を知ったのも新鮮だった)とか、平成にはない商店街のわちゃわちゃ感とか、無意識のうちにたくさんの知識を得ることができていた。

ほかにも、『ちりとてちん』(作:藤本有紀)を観なければ、そもそも落語には古典落語と創作落語という種類があるなんて初歩中の初歩的なことも知らなかっただろう。落語家の息子であり、自身も芸の道に進みながらも「寿限無」しかできない小草若がばかにされている様子を見て、「寿限無」は前座囃でありメインレパートリーにはならず、なんなら初心者向けの作品であることも察した(認識が違っていたらすみません、有識者のみなさま)。

朝ドラを通して知ったこと、まだまだある。

『おちょやん』(作:八津弘幸)では、芝居小屋の観客の食事を用意するための店であり今は存在しない「芝居茶屋」なんてものがあり大変儲かっていたこと。『おかえりモネ』(作:安達奈緒子)では、東日本大震災時に気仙沼で非常に大きな火事が発生していたこと。『スカーレット』(作:水橋文美江)では、陶芸にはさまざまな手法があり、主人公が実践した穴窯の作陶には大変な労力と時間と金銭と危険が伴うこと。『あさが来た』(作:大森美香)では大阪の商業発展に尽力した五代友厚(ディーン・フジオカ)なんて偉人がいたこと。『らんまん』(作:長田育恵)では酒蔵を廃業にまで追い込むほど高い「造石税」(当時の酒税)が、酒づくりを行う人たちを苦しめていたこと。『虎に翼』(作:吉田恵里香)では、戦前において女性が判事になることは禁じられていて、同時に社会には女性が地位や職をもつことへの忌避感が蔓延していたこと――挙げればキリがないくらい、歴史や社会の豆知識がたくさんある。

(批判的な声が多く私自身もため息ばかりつきながら観ていた『ちむどんどん』ですら、第二次世界大戦時の沖縄における地上戦の過酷さを身に沁みて感じることができ、学びになったのである)

いずれもいまの私にとって、なんてことない当たり前の知識になっているが、朝ドラを観なければ知らなかったであろうことばかりだ。もしかすると、生まれた時期や過ごした地域によっては「そんな知識、当たり前だよ」という人もいるだろうが、平成の大阪に生まれ、そしてかなり無知である私にとっては、大変重要な情報源になっている。

ドキュメンタリーや読書から学ぶことも、もちろん多い。私はどちらも好きで、よく観たり読んだりする。けれども、ドラマだったら、物語のなかで起こる出来事の様子や生きた登場人物の言葉や表情が紐づくことで、生々しくいろんな事柄・事実が知識・情報として頭に焼き付いていく。

そもそも朝ドラは、平日毎日15分間の放送があり、同じ作品が半年間続く。そして『おむすび』における平成ギャルや食のように、テーマや時代、舞台地もきちんと定まっている。そのため、その土地や時代、文化に関する集中講義を半年間受けている気分になるのだ。毎日講義を受けているから、そこで得た知識は自然と定着して、簡単に忘れることはない。

私は過去の朝ドラをリピート鑑賞することが多いのだが、まず1ターンの視聴を終え、次に続くいろんな朝ドラを経て出戻り再視聴をしてみると、初見時よりアップデートされた視点で作品を観ることができ、新たな発見につながった、なんてこともたくさんある。

今もまさに再放送中の『カーネーション』を観ているが、やはり今だからこそハッとする発見が多い。それが楽しいから、朝ドラを観るのがやめられないのだ。『おむすび』が終わるころには、福岡だけでなく、知っているようで知らなかった神戸の風景や、阪神淡路大震災で何が起きていたのかを知ることができているのかもしれない。

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