トリルの指使いに関する考察
今回は、ピアノを弾く際のトリルについて深掘りする。トリルとは、2音(重音で3音、4音の場合もたまにある)を、2本(または音数に応じた指数)の指を使って素早く交互に弾くことで、記譜上は、通常tr.またはtr.〰で表記される。中級以上の曲には頻繁に登場し、ピアニスティックな華やかさを添える。慣れるとほとんど労力も使わず、無意識に操作出来るのだが、最初はコツが掴めない場合があるかもしれない。
手の指は構造上、親指とその他の指に分けられる。これは物を掴むときを思い浮かべれば、その機能が感覚としてわかる。親指と人差し指の間には、しっかり物をホールドすることが出来るが、その他の指では無理である。親指は他の4本の指とは別の役目があり、ピアノを弾くときも、その仕組みを最大限利用することで、スムーズな動きが可能となる。
ピアノの運指は親指から1、2、3、4、5とカウントする。楽譜に書かれている運指は、この指で鍵盤を弾くと最もスムーズ且つ音楽的に弾けるということだが、それはあくまでも編纂者の意図であって、それで弾かなくてはならないという意味ではない。解釈が変われば自ずと運指も変わるからだ。しかし、初級のうちは、出来る限り楽譜の運指に従った方が良い。ピアノを弾く上での、運指の定石を覚えるようなものなので、ここを疎かにすると、その後どう頑張っても壁にぶち当たることになってしまうからである。
トリルの話に戻す。今回は、隣り合う2音の単音トリルに限って考えてみる。即ち、白鍵と白鍵、黒鍵と白鍵、白鍵と黒鍵、黒鍵と黒鍵という組み合わせである。また、数拍続くような長いトリルについて検討する。1、2回往復するような短いトリルであれば、ほとんどどんな指の組み合わせでも苦労がないからだ。また、トリルは左手に出てくることもあるが、圧倒的に右手で弾くことが多いため、右手メインで考えてみる。
前提として、トリルは、前後の繋がりから可能ならば、どんな指の組み合わせでも良い。しかし長いトリルとなると、不自然に手を窄めたり、4&5のような弱い組み合わせは、やりにくく、大変である。
今回、現実的にトリルに使える指の組み合わせを、広音域に渡る鍵盤を使って試し、結果を最後に記したので、練習の参考になれば幸いである。
白鍵同士、または黒鍵同士の場合、力強さ優先であれば1&3、繊細さ優先であれば2&4、白鍵と黒鍵の組み合わせならば、2&3がやり易いかと思う。例えば、ドビュッシーの「喜びの島」冒頭の長いトリル。これは繊細なテンポコントロールと、美しい強弱が必須なので、2&4がおすすめだ。特に4を鍛錬してきた人にとっては、2と4は非常にコントロールし易く、1や3が出来ないような、繊細な表現が可能となる。この2指が同じくらいの長さであることも、均一な美しいトリルを可能にすると思われる。
2&3のトリルは、白鍵と黒鍵の組み合わせの場合、他のどの指よりやり易いが、白鍵同士の場合、そこまでやり易くは感じない。個人的には、白鍵同士には、2&3より3&4の指使いを多用するが、これは職業的癖のようなものであり、一般的にはあまり弾きやすくはないと思われる。ある程度の年齢になってピアノを始める場合、どうしても動きの良い1、2、3の指の方を多用したくなるので、4をトリルに使うのは避けがちになる。4が良く動くという人は、トリルに使ってみると良いかと思う。
1&3は、ほぼ万人にとってやり易い指である。ffで弾く必要がある部分にも適する。最初にトリルの感覚を掴むための練習としてもおすすめの指である。ただし、この2指は長さも機能的働きも異なるため、2&4が作り出すような繊細なトリルは難しい。
1&2は、あまりトリルには適さない。使う箇所を選ぶかと思う。ただし、下の音が白鍵、上の音が黒鍵の場合、やり易い指となる。
1&4は、前後の関係でそれしか使えないような場合以外は、使わないだろう。
1&5、2&5、3&5などを隣接音のトリルで使うことはほとんど皆無かと思う。
4&5は、長いトリルには、一般的に不向きで不可能だが、プロは使う人もいる。
楽譜にある運指が、常に自分にとって最適とは限らない。習っている先生が、自分と似たような手の形をしていたら、そのまま真似をするのも良いのだが、指の長さの比率は個人差が大きいので、弾き易い指使いは先生とは異なることも多々ある。
また、手は日常生活で常に動かしており、様々な動作をする上で染み込んだ、個人の癖のようなものがあるので、ピアノを弾く際は、思いのほか動きに差が出ることも考慮しておく必要がある。(箸やペンの持ち方だって、一人一人微妙に違う)
最近感じるようになったのだが、あるスポーツにとって一部の身体的特徴が有利に働くように、ピアノを弾く上でも、細やかに苦労なく、段差のある鍵盤の上を動き回るのに適した指の比率、手の形というものが存在するのではないかと思うのだ。これは、よく言われる手の大きさとはまた別ものだ。とにかく練習あるのみという、闇雲に時間を投入する方法より、その人の手の特徴に合わせた動かし方を研究する方が、スムーズに無理なく上達する気がする。
♪隣接音トリルのまとめ(主観的目安)
非現実的な指使いは省略してある。なお、中音域と高音域では、同じ音の組み合わせでも、使い易い運指が変わる場合が多々ある。また、鍵盤の長さを最大限使用し、様々な位置と指の傾きで試している。鍵盤を奥から手前まで使うこと、指の伸ばし具合や曲げ具合、手の傾きは、トリルを効率良く美しく演奏する上で、重要なポイントだ。一般的には、伸ばした指でトリルはやりにくいが、使う指と場所によっては、思った以上に伸ばした方がやり易い場合もある。
白鍵&白鍵
1&2○ 1&3◎ 2&3○ 2&4◎ 3&4○ 4&5△
黒鍵(下)&白鍵(上)
1&2△ 1&3△ 2&3◎ 2&4○ 3&4○ 4&5×
白鍵(下)&黒鍵(上)
1&2◎ 1&3◎ 2&3○ 2&4× 3&4△ 4&5×
黒鍵&黒鍵
1&2○ 1&3◎ 2&3◎ 2&4◎ 3&4△ 4&5×
これを試した自分の指は、おおよそ、1 が6cm、2が7.5cm、3が8.5cm、4が7.5cm、5が6cmという比率であるので、似たような手の持ち主には、特に参考になるかと思う。