救命救急センターで働く小さな生き物がいる事、ご存知ですか?
【ナースのはなし】
新卒で初めて配属されたのが高度救命救急センターだった。
面接時に私自身が希望した故の配属だったが、まさか一年目から行くことになるとは。
見るものすべてが不思議で、残酷で、絶望的で、でも同じくらい希望を感じる場所だった。
そこで経験した様々な出来事は、私の胸にこの先もずっと残るだろう。
その中から一つ、小さな命の話をしたい。
救命センターには、外科系、内科系疾患問わず、様々な患者が搬送される。
よくあるのは心疾患や脳疾患、交通外傷など。
件数はさほど多くないが、配属直後に最も驚いたのは『切断指(肢)の再接着術』だった。
何らかの理由…ファストフード店のバンズスライサー、草刈り機、除雪機など…で切断された指や上肢などの再接着を行う手術。
細かい血管や神経同士を繋ぎ合わせた術後、一番に注意しなければならないのが『うっ血』である。
血管を繋いだとはいえ、元通りに血液が循環するというわけではない。
繋いだ指の先がピンク色をしていれば、ひと先ずOK。
指をゴムできつく締めたときのように腫れ、紫色になったら危険信号。
うっ血が続くと、繋げた指はくっつかず、組織が腐っていずれは落ちてしまう。
血流を良くする薬剤を投与しながら行う「あること」が、私をびっくりさせた。
ヒル。
あの、血を吸うことで知られるヒルを使う治療なんてものがあるのだ。
医療用の滅菌ヒルなるものが、冷蔵庫に常に5匹くらいずつ保管されていた。
そして、使ったらまた業者から補充された。
指先のうっ血した部分の皮膚に注射針で穴を開け、出血させてからヒルの口を近づける。
吸い付くのを待ち、逃げないようにビニール袋で手全体を覆う。
ヒルから分泌される抗凝固成分で血液をサラサラにし、さらに血を吸ってうっ血を解消してくれるという一石二鳥、一吸ニヒル効果を発揮するという訳だ。
しかし、ヒルもいつも黙って吸ってくれるわけではない。
夜中に度々ナースコールが鳴る。
『すみません、ヒルが逃げました。』
つまむためのピンセットと懐中電灯を持って駆けつける。
ビニールをめくる。
懐中電灯の灯りを頼りにヒルを探す。
いた。
別の指の付け根に。
つまんでうっ血した指に戻す。
逃げる。
戻す。
ヒルだって、どうせ吸うなら美味しい血を吸いたい。
よくわからない薬剤の味がする不純な血なんて御免被りたいのだ。
ヒルにも性格があるのか、よく吸う者と、頑なに吸うのを拒む者がいる。
よく吸う者は、吸って、吸って、元の体の何倍もの大きさになるまで吸う。
そして、お腹いっぱいになるとぽろりと落ちる。
するとまたナースコールが鳴る。
『すみません、ヒルがとれました。』
立派にお役目を果たしたパンパンのヒルをピンセットで掴み、ビニール袋へと入れる。
さて。
英雄ヒルのその後について。
回収したヒル入りビニール袋の中に、消毒用エタノールを注ぐ。
ヒルは、先程まで美味しく吸っていた血を吐き出し、医療用ヒルとしての最期を迎える。
その瞬間が、なんとも切なく、悲しかった。
再接着術を受けた女性が言った。
『私、元々虫とかそういうものがすごく苦手で。初めに“ヒルをつける”って言われたとき、気持ち悪くてどうしようかと思ったけど、段々と可愛く見えてきたの。よく吸ってくれてる時は特にね。いい子ねって。』
「マジで?」と思いつつも、女性の心の変化と思いやりに私の心も救われた。
この治療にヒルが欠かせないならば、せめて大切に扱い、感謝しよう、と。
なんのはなしですか
世の中で気持ち悪いと思われ、不必要なモノ扱いされている者たちにも、立派な役割があると認識したはなし。
そして、皆様には医療の現場で働く小さな生き物がいることを知ってもらいたい、そんなはなし。