映画「鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎」レビュー「龍賀時貞に引導を渡すのは龍賀沙代であって欲しかったッ!」

今から約3ヵ月前,僕はアマプラで「ゲゲゲの謎」を観て
レビューを書いたのだが実に腰の引けた内容で
「龍賀家の一族」に関する言及が殆ど無い。

実はなあ。

「ゲゲゲの謎」をアマプラで観る前に
「龍賀家の一族」のひとり・龍賀沙代に関する
非常に情熱的な論考を読み…。

「僕にはコレ以上の論考は書けない」

と怖気付いて尻尾を巻いて敵前逃亡した結果が
冒頭に挙げた「龍賀家の一族」への言及抜きの
気の抜けたコーラレビューとなったんだ…。

まあコレを読んでくれよ…。

しかし…敵前逃亡したままの気の抜けたコーラレビューで
満足出来なくなってな…。

コレから「龍賀家の一族」への
言及を伴うレビューを書こうと言うのである。
戦う前から「負けるかも」って言ってる奴は本当に負けるのだ。
僕は…負け犬になりたくないんです…。

「ゲゲゲの謎」を観て…
僕は「ゲ謎」スタッフは「八つ墓村+犬神家の一族」を…。
横溝正史的世界観を描きたいのだと思いました。

作品の中盤で「横溝正史パート」の真犯人が判明し…。
真犯人が犯行に至った経緯を自供して…死んで行きました…。

「犬神家の一族」では…真犯人が真相を自供した後,
毒をあおって果てるのです。

不可解なのはココから先の展開で…。
「横溝正史パート」が真犯人の死で完結するや否や…
テレビのチャンネルを変える様に
「龍賀家の一族」がスパッと終わって
「妖怪退治アニメパート」が始まるのです…。

「ゲ謎」スタッフ的には「横溝正史パート」をやり切って満足し…
後はルーチンワークの妖怪退治アニメを描こうと言うのでしょうが…

そうは問屋が卸さねえんだよ。

「横溝正史パート」の真犯人の死をただの犬死にしやがって…。
「ゲ謎」の最大の問題点はこの…。
「横溝正史パート」と「妖怪退治アニメパート」が
見事なまでに全く関係なく独立してる点にあるのです。

この問題には実に簡単な解決法があります。
ソレは…「横溝正史パート」の真犯人が
「妖怪退治アニメパート」のラスボスに引導を渡せばいい…。

ええい…もう回りくどい言い方は止めだッ!
龍賀沙代が龍賀時貞に引導を渡せば
「横溝正史パート」と「妖怪退治アニメパート」の
物語の乖離は一切起こらねえんだよ!

物語の論理展開から考えて沙代が時貞に引導を渡さねえと納得出来ねえよ!
僕は…ロジカルでない作劇が…キライだッ!

ソレに「ゲ謎」スタッフが気付いてねえ訳ねえので
1.沙代に引導を渡させる
2.水木とゲゲ郎に引導を渡させる
で恐らく議論があった筈。
1を採択すると水木とゲゲ郎がカカシとなるデメリットは確かにある。
だったら沙代の引導渡しに水木とゲゲ郎が加勢すればいいじゃねえか。

「ゲ謎」のラスボス戦を少年漫画の文法で描きたいと言うのなら
沙代が自分の運命から逃げ出さずに立ち向かうのを
水木とゲゲ郎が助太刀する展開だってあった筈。

ソレをしなかったら沙代が成仏出来る筈がない。
沙・代・に・や・ら・せ・ろ・よ!

…沙代にやらせず単なる妖怪退治の一環として
水木とゲゲ郎がやったからカタルシスがねえんだよ。
だってコレ…ラスボスが「ぬらりひょん」であっても
「バックベアード」であっても通用する
定型化された「ラスボス戦のひな型」で戦ってるに過ぎないじゃん。
今戦ってるのは「時貞」なんだッ!
だから…時貞に痛打を与えるのは
沙代の義務であり特権であり運命であり
他の誰にも決して絶対に「代行」出来ないッ!

ラスボス戦を定型化された
「ラスボス戦のひな型」なんぞで戦うんじゃないッ!

こんなところで…最も力を入れるべき箇所で…。
手抜きするなッ!
楽するなッ!
東映アニメーションッ!

東映アニメーションは…
途中まで凄く頑張っていた…

しかし…最後の詰めが甘かった…
最後の最後で定型化に妥協した…

ソレが…アニメ全体を台無しにして…
結果として龍賀沙代を犬死させたのである…。

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