自由な時代

仲良しの函館の友達に「高田渡」という歌手を教えてもらった。「生活の柄」って歌を聴いていたらすっかりファンになってしまって、坂本さんに、高田渡って人、知ってます?って言ったら「20歳代のころ一緒に演奏したり、酒飲んだりしてたよ。
ステージの上で寝ちゃうの、酔って、牛みたいな人という印象」坂本龍一さんに、この人好きでした?ってラインした。「好きだったよ。当時はもちろん渡さんも若かったはずだけど、みんなのお爺さん、愛される長老のような存在だった。」そして彼は言った「まだ自由でいい時代だった。」と。ぼくは思った「まだ自由な時代だった」てなんだろう。あの頃のぼくは時代の迷子だった。ぼくの生まれた街は福井県の原発がある街、そう言った背景もあって漫才で原発や、沖縄の基地や、国を批判したりしてた。そんなぼくの笑いは賛否両論あって、誰かにバッシングされて誰かにとても愛されて。しかし、僕が政権批判や社会風刺などをコメディでやると、いつも誰かが「昔は日本もそんなコメディよくあったんだけどねぇ」と言った。続いて「昔は忌野清志郎さんなんかも歌で」とかそんな話を。そんな時、ぼくはひとり、時代からはぐれたような、そんな気持ちになっていた。一番、不安になったのは、劇場出番で他の芸人と一緒になった時、テレビで漫才番組に出た時、自分だけが、ひとりコメディで怒ってて、なんというか、自分がそこで浮いていて、場違いな気持ちで、自分が時代遅れの芸人のような気持ちになっていた。

そんな時、坂本さんにラインした。「こんな笑いをやってると自分が時代遅れの人間のような、そんな気分になります」と。すると彼は言った「いいじゃない。時代は必ず巡る。遅れたものが一番新しい時代が必ず来る」と。そして彼は続けた。「そんなアホな今の時代の趨勢など気にすることはない。今またマルクスの本が売れ始めているし、雇用にしろ差別にしろ、どんどんひどくなっているので、マルクスが生きていた時代のようになりつつあるんだよ、今。」 「全く自信を持っていい」と言われた。

「いまの僕の世代も、その下も、冷めた目をしてるように感じる、冷たく社会に対して怒る人たちを鼻で笑って避けるような」坂本さんは言った「うん、分かるよ。僕は日本に行くと、自分の知らない国に来たような錯覚を覚えることがあるもの。同じような顔、同じ言葉を話しているのに、知らない国のよう。とてもシュール。」ぼくは言った。「そうなんだ。。世代が変わるだけで違う国か。坂本さんの生きた時代を知ってる人にはなんでこうなったんだろうと思うんでしょうね。」彼は言った「それは僕たちにも責任がある。いろいろな局面で負けてきたから」と。続いて坂本さんは「日本が一番面白い時代に僕は10歳代を過ごしたので、本当に幸せだと思っている」と。それから彼の学生の頃の体験を聞かせてくれた。その時ぼくは日本で坂本さんはニューヨークで、日本は夜中だったので、ぼくがそろそろ寝ますというと、あとは書いておくから起きた時でも読んで、といって、翌朝、開いたラインには彼の仲間たちと学校と校則のことで戦った話、学生運動の話、日本が右傾化し出した頃、当時、自分は学生たちのデモに参加しなかったという後悔の話、いろんな話が書かれていて、彼の自由な時代をぼくは感じることができた。

ところで最近、シカゴに行ってきた。シカゴの大学の先生が俺に授業で話してくれと言って読んでもらったんだけどその先生の旦那さんが、大学の時に、坂本さんの授業を受けて、そこで感銘を受けて音楽を始めたいけど始め方がわからないと坂本さんの事務所にメールしたら坂本さんから返信が来て、いろいろ教えてもらって、それが大きなきっかけとしていまシカゴで音楽をやってるらしく、その夫婦の子供の話を聞いた。彼は今16歳なんだけど、ぼくが会った時、彼はすごくシャイで無口な少年だった。彼のお母さんが、宝物にしてた写真を見せてくれた、そこにはギターを持ったあのシャイな16歳の小学生の時の写真。この時、彼の小学校で大きな問題が起き、シカゴの市長の家の前で反対のデモがあったらしい、生徒の親も、もちろん子供もプラカードを持って、沢山の人たちが、その市長の家の前で反対運動が起こしたらしい。そして彼のお母さんたちがプラカードに反対とかメッセージを書いてる時、小学生の彼は、プラカードはいらないと言って、無言でギターを持って、たくさんのデモの参加者の中で、一人、市長の前で怒りを歌にして歌ったらしい。その写真だった。どんな時代だって、いるじゃないか、と思った。表現はいつの時代でもぼくに自由を感じさせてくれる。坂本さんに教えたかった。

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