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#14 親会社依存の経営体質のヴィッセル(2020年度Jクラブ財務分析その3)

公認会計士のゆうと申します。
数あるnoteの記事からご覧いただき、ありがとうございます。

前回はマリノスの財務分析をしていきましたが、今回はJ1の2021年シーズンを3位で終えたヴィッセルについてみていきたいと思います。

今回利用する指標の定義や計算方法は、#11をご覧ください。また、利用している財務数値はJリーグのHPの経営情報の開示数値を利用しています。

お時間のない方は、目次から6.まとめをご覧ください。

1.ヴィッセルの決算書の概要について

以下の画像はヴィッセルの簡単なプロフィールや決算書等の概要をまとめたものになります。

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2020年度決算は、PLの営業収益はJFL所属だった宮崎を除く全56クラブ中6位、営業費用は全56クラブ中1位とJリーグ上位の運営規模となっています。また、新型コロナウィルスの影響により入場料収入が減少する一方で選手報酬は契約に沿って発生するため、規模の大きいクラブが軒並み影響を受けるなか、ヴィッセルも同様に影響を受けましたが親会社からの支援5,250百万円を特別利益として計上したことから、当期純利益(または当期純損失)は41百万円と全56クラブ中7位(J1クラブ中1位)となりました。

仮に、親会社からの支援が通常のスポンサー収入のみの場合は5,209百万円の当期純損失となり、全56クラブ中最下位となります。また、資本(純資産)の部合計は、当期純損失の計上により▲3,906百万円と債務超過になります。

(親会社からの支援がなかった場合の)当期純損失の要因として以下の①~③が挙げられます。
①チーム人件費が全56クラブ中1位の6,396百万円を計上(2位は3,525百万円の名古屋であり、断トツの1位)。
②トップチーム運営経費が全56クラブ中2位の602百万円を計上。
③販管費及び一般管理費が全56クラブ中2位の2,055百万円を計上。
いずれもクラブの営業収益(4,714百万円)の規模に見合わない営業費用の計上をしており、チーム人件費単独で営業損失となってしまいます。

ただし、個人的にはクラブライセンス剥奪一直線の経営であったとしても親会社の楽天グループ㈱の支援が今後も継続的に見込めるのであれば、他のクラブにはないキャラクターのひとつとしてとらえてもいいのではないかと思います。

ここで、楽天グループ㈱の支援の経緯についてみていきたいと思います。ヴィッセルの前運営会社である㈱ヴィッセル神戸から2004年2月に当時の楽天㈱(2021年4月より楽天グループ㈱、以下、2020年度決算の記事なので楽天㈱とします。)の会長である三木谷氏の個人資産管理会社である合同会社クリムゾングループに営業譲渡され、現運営会社である㈱クリムゾンフットボールクラブとして再出発します。楽天㈱は、㈱クリムゾンフットボールクラブ時代からユニフォームスポンサーとして支援してきましたが、2015年1月に合同会社クリムゾングループから楽天㈱に株式譲渡されたことでグループの一員となります。

上記プレスリリースには以下の内容が記載されております。

楽天は、2004年から主要企業スポンサーとしてヴィッセル神戸を支援してきました。今回、楽天グループとヴィッセル神戸が一体となることで、グループ・シナジーを最大限に生かした経営が可能になります。これにより、効率的なマーケティング展開などによるヴィッセル神戸の運営基盤の強化が期待されます。

三木谷氏の個人資産管理会社から楽天㈱に株式譲渡をしたのは、①会長個人のポケットマネーとして資金投下するよりも、楽天㈱またはグループの広告宣伝費としてヴィッセルへ支援することで効果的なプロモーションを行うことができる、②プロスポーツ事業のプロ野球の楽天イーグルスからスポーツ経営のノウハウを得たことで、そのノウハウをヴィッセルにも活かすことによって全事業の柱の1つとしたい、③ヴィッセルが有名選手を多数獲得してチームの戦績が向上することで、結果的に楽天㈱をはじめとする楽天グループの知名度や認知度の向上が期待される等のメリットがあると窺えます。

株式譲渡前の2014年~2019年までの広告料収入(現スポンサー収入)は以下の表の通りとなります。

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上記の全額が楽天㈱またはグループ会社からの支援ではありませんが、株式譲渡前の2014年から譲渡後の2015年で約2.3倍、楽天グループがヴィッセルを活用したプロモーション活動を行う前の2017年から活動後の2018年で約1.8倍と親会社またはグループ会社からの支援主たる増加要因であると考えられます。

サッカークラブの健全な経営を考えると、前回#13の横浜FMのように親会社依存から脱却をした運営を行うことが望ましいですが、親会社に依存していた横浜FMですらスポンサー収入は20億円台とヴィッセルの2015年~2019年のスポンサー収入と比較すると少額に見えてしまうくらいの規模であり、ここまでの規模の支援を親会社やグループ会社から継続的して見込めるのであれば、このままの経営でも個人的にはアリだと思います。

もし、ヴィッセルがこのスタイルでクラブ経営をしていなければ、イニエスタ選手を日本で観るチャンスはなかった訳ですから。

また、クラブも充実した戦力補強の結果、2021年シーズンは過去最高の3位と結果を出しており、戦績が向上すれば、Jリーグ配分金の増加、入場料収入の増加、楽天㈱以外の企業からのスポンサー収入の増加といった好循環によって、いずれは横浜FMのように親会社依存の体質から脱却したクラブ運営ができるかもしれません。

2.収益性分析について

ヴィッセルの2020年度決算の収益性は以下の表の通りとなります。

ここから、ヴィッセルの収益性指標で気になった項目についてピックアップしてコメントをします。

総資本利益率(ROA)
2020年決算のROAは、1.1%でJ1全クラブ中で3位に位置しておりますが、特別利益を除いた実態は▲134.7%でJ1全クラブ中17位相当になり、実態は投下資本に見合った利益を生み出せていないことになります。

分配金人件費率
2020年決算における分配金人件費率は1,358%とJ1の中で18位に位置しております。分配金人件費率が良くない理由として多額のチーム人件費の計上が挙げられ、総額6,396百万円はJ1の2位の名古屋の約1.8倍と断トツです。また、6,396百万円のうち約3,250百万円(推定)は、アンドレス・イニエスタ選手一人の費用であることが下記の日刊スポーツのリンクからわかります。すなわちイニエスタ選手1人でJクラブ上位のチーム人件費を賄えることになります。

仮にイニエスタ選手が在籍していなかった場合は、配分金人件費率が667.9%とJ1全クラブ中14位相当まで上昇します。また、仮にヴィッセルが2019年シーズンでリーグ戦を1位で終えて理念強化配当金550百万円を獲得していた場合は、配分金人件費率が626.4%とJ1全クラブ中14位相当まで上昇します。更に、仮にヴィッセルが2017年シーズンからリーグ戦を3連覇をして理念強化配当金550百万円×3(2019年シーズンから適用している金額をベースで、2020年決算は2017年の3回目、2018年の2回目、2019年の初回目をそれぞれ受け取ったと仮定)を獲得していた場合は、配分金人件費率が301.6%とJ1全クラブ中4位相当まで上昇します。

配分金人件費率はクラブの配分金に対する人件費の割合を示したものでクラブの前年度の戦績に対する人件費効率の良さを示す指標でありますが、イニエスタ選手のような偉大な選手が加入している場合は、仮に前年にリーグ戦を制覇していても比率が上位に行くことは難しく、リーグ3連覇しないと人件費の効率性は改善できないという結果となりました。

物販売上高利益率
2020年決算における物販収入は509百万円、物販関連費は414百万円と2019年決算の物販収入は531百万円、物販関連費は404百万円といずれも前年よりも悪化する結果となりました。物販売上高利益率はJ1全クラブ中12位とECサイトを祖業とする楽天の子会社としては物足りない気がします。

2020年決算は各Jクラブともに新型コロナウィルスの影響で苦戦をし、収入が軒並み減少している一方で、横浜FMのようにグッズ販売に力を入れたクラブは収入が増加しております。横浜FMの場合は、主にユニフォームの販売枚数が大幅に伸びたことが要因と考えられます。

下記の表はイニエスタ選手加入後の物販収入の推移となります。イニエスタ選手加入以降物販収入が伸びており、イニエスタの加入による効果だと推測されます。それでも、上位の横浜FM(1,039百万円)、浦和(814百万円)、鹿島(682百万円)、川崎F(678百万円)には遠く及ばず、イニエスタ選手以外にユニフォーム等のグッズがたくさん売れる選手が育つことが期待されます。

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また、下記スポニチのリンクにおいて、社長が以下のように述べています。

「グッズ販売では、ECの比率を上げていく。マッチデーに絡めた企画や勝利の瞬間を切り取った、モメントをうまく活用した商品の展開。ファン、サポーターの皆さまの目線に立って、新しい体験をどういう風に提供できるか。営業収益自体を向上させていくことに取り組んでいきたい」

同じ楽天グループの一員である東北楽天ゴールデンイーグルスは、優勝をした2013年にグッズの売上が当時の過去最高を更新しました。ヴィッセルもイニエスタ選手の在籍中にJリーグ制覇やAFCのタイトルをとることでグッズ収入をJリーグのビッグクラブ並みに押し上げることが可能ではないでしょうか。

3.安全性分析について

ヴィッセルの2020年度決算の安全性は以下の表の通りとなります。なお、各指標の一般的な目安は、自己資本比率は50%以上、流動比率200%以上、負債比率・固定比率は50%以下、固定長期適合率は100%以下となります。

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ヴィッセルはいずれの比率も目安を満たしておりませんが、J1チームの平均は自己資本比率が22.1%、流動比率が87.1%、負債比率が351.4%、固定比率が211.9%、固定長期適合率が120.3%であることから、流動比率を除いて平均を上回っており、J1クラブにおいてBS残高の構成割合は比較的優秀であることが窺えます。

比率が目安を満たしていない中で私が安全性指標の算定に用いたBS残高の中で気になったのは流動負債で2,383百万円と多額の残高が計上されていることです。流動負債の中身が開示されていないので内訳が把握でませんが、買掛金等の仕入債務が多額に計上されていることは業種柄想像しにくいことから、前回の横浜FMと同様に短期借入金※を多額に計上していることが推測されます。
※返済期間が1年以内の借入金を書換する事で長年流動負債として計上されることがあります。

以下の表は、ヴィッセルの2016年~2020年の過去5年分流動負債の残高の推移となります。2017年に2,500百万円増加していることがわかります。2017年と言えば、ルーカス・ポドルスキ選手とアンドレス・イニエスタ選手の加入と重なります。

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下記リンクによると、7月加入のルーカス・ポドルスキ選手の推定年俸は約910百万円、移籍金は300百万円となります。また、同じく7月加入のイニエスタ選手の推定年俸は前述の約3,250百万円となります。2017年の契約期間は半年であることから、支払金額はそれぞれ455百万円、1,625百万円となります。そして、ポドルスキ選手の年俸・移籍金とイニエスタ選手の年俸の合計が2,380百万円と増加した2,500百万円の約9割5分を占めています。

2017年の予算を組む段階ではおそらくポドルスキ選手、イニエスタ選手級の選手を獲得することは確定事項ではなかったと考えられるので予算(スポンサー収入)には組み込んでおらず、両選手の獲得資金のために予算外で借入を行い、2018年度以降は年俸分を予算に組み込んでおり、2018年以降は残高が大きく増加していない要因ではないかと伺えます。

4.成長性分析について

ヴィッセルの2020年度決算の成長性は以下の表の通りとなります。

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ここから、ヴィッセルの成長性指標で気になった項目をピックアップしてコメントします。

スポンサー収入成長率
2018から2019年は楽天グループがヴィッセルを活用したプロモーションとしてスポンサー収入が多額に計上されていましたが、2020年度は支援金という形に変更したことから、スポンサー収入が大幅に減少し、成長率が▲77.5%とJ1クラブ中18位となりました。

それではなぜ、楽天グループがスポンサー収入ではなく、支援金として特別利益に計上する形になったのでしょうか。以下の①、②が要因のひとつではないかと考えました。
①上場会社の子会社であるが故に、過度なスポンサー収入の計上からJクラブの適正な水準に戻す一方で必要に応じて親会社からの追加支援を行う形が望ましいという意思決定が親会社で行われた。
②臨時の支援金という形にすることで、営業収益が無駄に膨らむことがなくなり、クラブの営業損益の管理がし易くなる。また、営業収益が無駄に膨らまないことで、将来的にはどんぶり勘定的な経営(親会社依存)からの脱却を促す親会社からのメッセージである。

リーグ配分金成長率
2020年度は1月1日に天皇杯 JFA 全日本サッカー選手権大会を制したことから、アジア・チャンピオンズリーグ(ACL)の出場権を獲得したことから、通常の事業協力配分金に加えてACLサポート配分金を8,000万円を計上したことが成長率の増加につながっております。
なお、リーグ配分金については下記#7をご覧ください。

5.非財務情報について

ヴィッセルの2020年度決算の非財務情報は以下の表の通りとなります。

ここから、ヴィッセルの非財務情報で気になった項目をピックアップしてコメントします。

スタジアム収容割合、一人当たり入場料収入
ヴィッセルは2018年の7月開催の試合からダイナミックプライシングを導入しております。イニエスタ選手のプレーを生で観たい観客が多いことから、一人当たり入場料収入はJ1全クラブ中2位と高い一方、収容割合はJ1全クラブ中8位で改善の余地はあります。

収容割合を改善するためにはイニエスタ選手の人気に頼るだけではなく、クラブのリーグ戦順位を上げて優勝争いすることでクラブの価値を更に高める必要があります。2021年シーズンは3位と過去最高順位となったことから、2021年度決算の収容割合の順位は上昇しているのではないでしょうか。なお、ダイナミックプライシングについては下記#7をご覧ください。

勝ち点1pt当たり入場料収益、勝ち点1pt当たりチーム人件費
2020年シーズンは、一人当たり入場料収入がJ1全クラブ中2位であることに加えて、シーズンを14位でフィニッシュし、勝ち点を思うように積み重ねることができなかったため、J1全クラブ中1位となっております。また、チーム人件費は前述の通り、J1の2位の名古屋の約1.8倍の6,396百万円であることから、勝ち点1pt当たりチーム人件費はJ1の17位である清水の2.5倍超の178百万円と断トツの最下位となりました。

6.まとめ

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7.次回

次回は、2021年シーズンを4位で終えた鹿島アントラーズを取り上げていきたいと思います。

最後までご覧いただき、ありがとうございました!


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