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月の光と帰り道

「シートベルトしたー?」

中からドアをバタンと閉め、後部座席を振り返った私が声をかける。

「した!」

そう元気よく返事をしたのは、小学生の姉弟だ。

ここは私の働く放デイの駐車場。時刻は18時をまわっている。これからこの姉弟を連れ、彼らの自宅まで送っていく。

車内のエアコンをつけ、温かな空気が流れ始めたのを確認し、車を発車させる。

冬至を目前に控えた空はとっくに真っ暗で、対向車の明かりがこちらを眩しく照らしている。

「あ!」

姉が突然声をあげた。彼女は右側の窓の外を指差し、夢中になって "何か" を見つめている。

「月だ!」

今度は弟が弾んだ声で言った。

月。そう言えば、今日は満月だったか。
私はネットニュースで見たスーパームーンの記事をぼんやりと思い出した。

「すっごく眩しいよ」
「それに大きい!」

姉弟は、運転していて空を見上げることの出来ない私に、満月の迫力を口々に伝える。

私は、二人のはしゃぎっぷりに頬を緩めながら相槌を打った。

「せっかくだから、ちょっと寄り道しよっか」

私はそう言い、近くのコンビニに車を停めた。

「車来たら危ないから気をつけてね」

姉弟にそう釘をさし、上着を引っ掴んだ。

私よりも小さな影がふたつ、冬空のもとに飛び出した。蹴りあげられたアスファルトが、パタパタと音を立てる。私はその背中を追った。

「見て見て、あそこ!見えた!」

刹那、ぴゅうっと吹いた冷たい風。
指差した先にあったのは、まあるい月。
その圧倒的な存在感に、私は思わず息を呑んだ。

月は、澄んだ夜空にぽっかりと浮かび、こちらをその黄金の光で照らしながら見下ろしている。
月の陰影まではっきりと見えており、欠けたところなどひとつも見つからない。

惹き付けられるように月に向けていた視線をちらりと動かすと、月の光に照らされたふたつの顔があった。

キラキラと輝く瞳。幼くまろい頬。寒さで真っ赤になった鼻先。その表情は、やけに私の脳に焼き付いた。

ああ、なんて良いものをみたのだろう。
興奮のおさまらない胸が、どくどくと鼓動を打つ。

慌ただしい日常の合間に見たこの日の月と彼らの表情を、私はずっとずっと忘れられないだろう。


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