7『浦島太郎伝説』


「あなたとの約束を守らねばなりませんね……。先程のあなたの質問に答えましょう。伝えなければならないことでもありましたし……」

 と、意味深長な言葉を付け加え、彼は口を開いた。

(そうだ……!今の僕にとって一番重要なことは……、無責任かも知れないがテスラのことではない。今、目の前で話している相手が何者であっても構わない。ひょっとしたら、ずっと探していた手掛かりが……、見つかるかも知れないんだ)

 これは僕の個人的な話……。過去に僕がオカルトに興味を持つきっかけとなったあの事件……。

少年時代、僕には親友がいた。彼の名は『山本哲人』、彼は同期の友人たちに対しても『くん』付けで呼ぶやつであり、どういう経緯があってそうなったのかはわからないが、僕が出会った頃には、既に周りから『レイゲン』というあだ名で呼ばれていた。あるとき彼は、自分は産まれる時に、首にヘソの緒が巻き付いていたことによる酸素欠乏症(臍帯巻絡というらしい)のために、一度、死にかけたことがあると言っていた。確かに彼にはそんな節があり、それはことさら勉強面で強く出て、お世辞にも勉強ができるやつとは言えなかったが、そんなことを僕が気にするわけもなく、ただ、純粋だった彼が好きで、僕は毎日のように彼と遊んでいた。

厚い雲で空が覆われていたある日のことだった。僕らがいつものように、近所の山公園で遊んでいる最中、突然の豪雨に降られ、大きな団栗の木の下に駆け込んだときだ。突然の轟音と共に空が光り、僕の注意がそちらに引っ張られた。どうやら近くに雷が落ちたのだろう……。霧雨煙る人気のない公園の中、雷に注意を引かれていた僕が、ふと後ろにいたはずのレイゲンを振り返ると、彼はそこからいなくなっていた。不審に思い、周りを見回したが、彼の姿は見当たらない。そんなとき、上方から木の枝が折れるような音が聞こえ、見上げてみると……、体をくの字に曲げたレイゲンが、腰のあたりを宙に持ち上げられるようにして、木の枝の中に消えていく所だった。実に抽象的な表現だが、彼の存在が目に見えて薄くなるように、文字通り、彼は何もない空間に溶けるように消えてしまったのだ。警察も来た。僕は見た通りを話し、訴えたが、誰も僕の話に耳を貸すことはなかった。

このことは、現代の神隠し事件として一時、騒ぎとなったが、結局、未解決の行方不明事件として処理され、次第に皆の……、いや、僕以外の皆の記憶から消えていった……。僕は最後に見た彼の顔を忘れたことはない。それは、苦しみや怯えた表情ではなく、むしろどこか寂し気な……。

そして僕はオカルトに詳しくなった。あのとき何が起こったのかを知るために、そして……、彼を見つけるために……。

(ずっと探していたレイゲンの手掛かりが、こんな、大学の正式な講義の中に……。そういえばこの講義って……)

 そんなことが頭によぎった瞬間、僕の背筋に電気のようなものが走った。

(僕は文系だ……。僕の選択講義の中に、次元胞体論など……あるわけが……。あれ……?何か……)

 背中から、体が小刻みに震え始めた。そして、僕の頭に恐るべき記憶が甦る。

(そうだ……。もう何年も前に……)

 肩下から足先まで、意思とは無関係に、体がガクガクと震え始め、その振動のせいか、体中が熱くなり始めた。

(僕は……とっくに大学を……卒業した……)

 茫然と立ち尽くす僕は、本当に自分の足で立っているのだろうか?そんなこともわからなくなった僕を包み込んでいた唯一の感情、

(じゃあ……目の前で展開されているこの講義は一体……何なんだ?)

 それは、驚きや不信感よりも、強烈な……恐怖という感情だった。 しかし、その圧倒的な感情は皮肉にも

「あのね……。私があなたをどうこうするつもりなら、先述したような話などすることはありません。考えてみて下さい。私がした話はあなたにとって害があったでしょうか?非論理的な感情に支配されてはいけません」

と、画面越しから聞こえる、その恐怖の対象からの声により、

(確かに……そうかも知れない……。少なくとも彼が敵のようには思えない)
少し収まったが、人生最大とも思える心臓の鼓動は収まることはなかった。

「まぁ……いいでしょう。時間がありませんので、単刀直入にお答えします。あのね……レイゲンくんはね……。帰っただけなんですよ」

(僕は彼にレイゲンのことなど伝えていない。にも関わらず、彼はレイゲンについて話し始めた。やっぱり……偶然ではなかったのだ。アトランティスの話にしろ、ナスカの地上絵にしろ、彼は、もともと僕がある程度の知識を備えている文明を、例え話として、あえて選択して、話していたんだ)

 そんなことに気が付いた僕だったが、加えて、彼の口にした「レイゲンは帰っただけ」の言葉の意味がわからず、僕の頭は混乱した。

「そりゃあそうですね。すいません。単刀直入すぎました。あなたが少し落ち着いてくれたおかげで、少し時間ができました。お話ししましょう。レイゲンくんはね、もともとあなたの星の人間ではなかったのですよ」

 質問を口に出す前に、会話が成立してゆくことよりも、彼の口にした内容の方がはるかに驚愕に値するものだった。

「彼の故郷は、太陽系外宇宙の銀河にある、過去の火星に酷似した惑星であり、彼はそこに発生した高度知的生命体の内の一人でした。あなたと出会った時点で、彼らの技術はかなりの進歩を遂げていて、空間湾曲を利用した長距離間移動技術も、はるか昔に完成させていました」

(外宇宙の高度知的生命体……)

「時間ができたので……、いや、もともと時間などというものは抽象的な概念で、あってもなくても大した違いなどないのですが……。そのレイゲンくんと関連性のある話があります。そう……、あなたもよくご存じの浦島太郎というおとぎ話……」

(また……僕の知っている話か……)

「はは、まぁ、そう警戒しないで……。これは私が取捨選択したわけではなく、本当に偶然の一致なのです。少し思い出してみてください」

(浦島太郎……。子供のころよく耳にしたおとぎ話……)

『ある日、浦島太郎という人が海岸を歩いていたら、子供たちに亀がいじめられていた。心優しい浦島がその亀を助けると、その亀は「ありがとうございます、お礼に竜宮城まで 案内しましょう」と、感謝を伝え、彼は亀の背中に乗り、海の中にある竜宮城へ行った。絵にも書けない美しさと歌われているように、彼にとって竜宮城は初めて目にするものばかりだった。その後、しばらくして故郷へ帰ると 何百年も経っていた。そして竜宮城で土産として渡された玉手箱……。それを開けて老人になった説と、白骨化して崩れ去ったと云う説があるらしい』

(僕の記憶が正しければ、浦島太郎というおとぎ話は、こんな感じだったと思う……)

「思い出せたようですね……。実はこの話も、実話に基づいたものなのです。あなたの記憶に即してお話しましょう。

まず、亀をいじめていた子どもは、なぜ、そのような行為に及んでいたのでしょうか?それは、子どもたちにとって異質のもの、実は、それは、あの時代の人間には亀としか表現できない外見をした地球外生命体だったのです。

この生命体は、宇宙間長距離移動中の不慮の事故により、近隣にあった地球に不時着し、宇宙船修理に必要な素材を探索中であった際、地球人の子どもに発見されてしまったという経緯です。高度な知的生命体であった彼らは、進化の途中の他の種族に対し、干渉することは稀で、また、極力、害を為すこともありません。

心優しい浦島は、それが何であろうとも、守り、その素材探索に手を貸しました。その『亀が感謝の意を伝えた』とありますが、その生命体は浦島と意識を同調させ、意思疎通を可能にした上で、その浦島の高意識の行動に対して敬意を称し、彼を自分の惑星に、国賓ならぬ星賓として招待したのです。同様に『大きな亀』としか表現できなかった円形の宇宙船に乗りこみ、浦島はそこから目にした宇宙空間を、暗い深海であると思い込み、後に「大きな亀に乗って、海の底にある竜宮城へ出向いた」と表現したのです。その惑星の知的生命体たちも、彼の、その仲間に対する高度な振舞いに対して敬意を表し、彼をもてなすとともに、地球という惑星に興味を持つことになりました。

その後、故郷に戻ると、何百年も経っていたとのことですが、これは宇宙空間移動の際に、彼が乗っていた超高速な宇宙船に乗っていた時間と比例し、前述した、時間の流れは一定ではないことに起因します。浦島を乗せた宇宙船は、光速に近いスピードで地球から離れた場所に位置する、空間湾曲作用の働く座標まで移動していたのです。つまり、超高速の宇宙船に搭乗中の彼にとっては、往復、ほんの数時間程度であっても、その間に地球は何万回と回っていました。

地球に帰還した彼に渡された玉手箱とは、時代に取り残された浦島を不憫と考えた彼らが渡した贈り物……、浦島の周囲の小空間のみを光速を超えるスピードで回転させ、彼を過去に戻す時間逆行装置でした。傍から見れば浦島は煙のように消えてしまったかのように見えたかもしれません。これ以来、友好的な意図を持ってして、この惑星の知的生命体は地球……、特に日本に飛来しています。うつろ船や岩船伝説などの話が有名でしょうか……。

そして……、実は、この話に出てきた地球外生命体こそ、レイゲンくんと同郷の仲間なのです」

(レイゲンが宇宙人だって!?)

馬鹿にするな!……と、思わず口から出かかった僕だったが、

(僕にそんな嘘を言って、この人に何の得があるわけでもない。むしろ、目の前で話をするこの人は、現に僕の頭の中を読みきって話をしていることを証明したようなものだ……。今の状況こそ、既に信じがたいものなのだ)

 同時にそんな思いも頭に浮かぶ。それでも、頭からそれを信じることもできなかったのだが……。

「レイゲンくんはある、友好的な使命を帯びて、地球を訪れた彼らの内の一人だったのです。平和的な高度知的生命体から、現代の地球人類のような危険な存在に対しての干渉は、宇宙的に見ても非常に稀な出来事です。
彼の地球滞在予定期間は、地球時間にして約三十年、それは彼らにとっては大して長期間でもありません。彼は、周囲の人間の記憶を操作、また、姿を人型へと擬態させ、全てにおいてよく学べるように、自身を劣った人間であるように設定し、幼少期における人類の生活、慣習を学んでいました。そこで出会ったのがあなたであり、そのあなたこそが、地球人類の一生活を伝え、レイゲンくんという高レベル知的生命体と心を通わせた稀な人間でもあります。

しかし、あの、過去、現在、未来の次元軸上に、同時にテスラ変異種の出現が記録されたとき、緊急強制的にレイゲンくんは母星に呼び戻されることになりました。そして、雷に似た母星からの緊急通信と座標設定を受け、直後、レイゲンくんを座標として、霧を伴った空間湾曲作用が働き、彼はあなたに別れの言葉一つ伝える暇もないまま、母星へと強制転送させられました」

 僕は、ただ彼の言葉を聞いていた。いや……、僕は一体……何を言って、何を思い、何を考えればいいのか……わからなかった。

「ただ一つ、あの空間湾曲直前の一瞬で、彼はあなたに最後の贈り物をしました」

(贈り物……?)

「彼は、この広大な宇宙であなたに巡りあったということを、あなたの遺伝子に因果として刻んだのです」

(因果として……どういうことだ)

「簡単に言うと……、つまりね……、また、会えるってことですよ」

 と、その一言は、 一瞬、僕の胸をつまらせ、僕は自分の頬に涙が流れていることに気が付いた。

「これにより、あなたは高度な知的生命体の加護を受け、また、この稀有な因果は、私があなたにアクセスできるきっかけともなりました」

(アクセス……?あなたは……何者なんですか?ひょっとして……)

 涙のせいか、しゃくりあげ、言葉にならなかったのだが、言葉は必要なかった。

「申し訳ありません。私はその異星人ではないのです。私は、あなたと同じく、れっきとした地球育ちの地球人……。
さて、伝えることはあと一つありますが、少し空間が不安定になってきましたね……そろそろ時間が迫ってきています。気になっているようなので、最後に私のことも合わせて話をしましょうか……。時間がないので、途中で終わるかも知れませんが……」


8 『教授』|六幻 (note.com)

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