小説「芙美湖葬送」・掲載順序不動版
芙美湖、湖に還る
人は生まれ、生き、やがて土にかえる。思いも一緒に。土に埋める人もいるし海に流す人もいる。私は芙美湖への思いを小さな折り紙の船で湖に流した。すでに陽は落ちかかっていた。近くに安宿を取ってある。湖畔にあるからそこからでも湖は見える。
「芙美湖」という湖は富士五湖にはない。湖であればどこでもいい。たぶん河口湖当たりを指すのだろう。芙美湖との出会いはダンスホールだった。彼女は客の一人で私はアルバイト学生だった。芙美湖はいつも西湖と一緒にダンスホールに現れた。大柄な西湖が男役で小柄な芙美湖を振り回すように踊っていた。ふたりとも化粧気のない、ジーパンだった。
芙美湖は貧しい女工風で、西湖も同じように貧しい皮屋の住み込み作業員だといった。微かに皮の臭いがした。二人は乱暴にジルバを踊り続けた。パートナーを変えることはない。人見知りの強い田舎の子風だ。
当時の日本は貧しかった。食料品も少なく高かった。店も少なかった。昼はコッペパンで済ませる。そうやって週に一回だけダンスホールに通う。埼玉や千葉からも集まっていた。チンピラや、やくざ者も集まった。女が目当てである。喧嘩は年中あった。
多くの客が咳をした。結核は国民病だった。便所は彼らが吐いた血や吐しゃ物で汚れた。その都度モップで拭いた。私自身結核に罹っていた。ダンスホールの近くの病院で薬をもらって治療した。熱もなかったし普通に食欲もあったから週一回の通院で済んだ。職場には届けなかった。そんなの普通だ。
出される薬はパスにヒドラジッドである。顆粒状で飲みにくかったし半分ぐらい飲んで捨てた。出来たばかりの健康保険証があるから金は多くは掛からない。仕事にも支障はなかった。そんなことあまり気にする職場でもなかった。
出会った多く人が何らかの形で病んでいた。町医者にはレントゲンもなかった。咳が酷ければ医者が指示書を書き、保健所でレントゲンを撮った。国民病といわれた結核にも多くの人が罹患していた。
金もない。夢もない。どうしてあの時代が夕陽が丘一丁目のように爽やかに描かれるのか。映画屋の描く世界を誰かが利用したかったのか。誰も必死に働き安い給料に喘いでいた。飲むのは酎ハイである。金もないのになぜか酒だけは飲んだ。
世界では局地的に戦争が続いていた。芙美湖の父が経営する町工場では機関銃弾の薬きょうを加工していた。工員は二人しかい。仕事しながら二人は喋る。この一発で誰が死のうと関係ない。われわれには仕事が要る。
朝鮮戦争もある。どれだけの死人が出るか。お互い生きるためだ。仕事であればなんでもする。
同じ民族なのに。家族も親戚もいるのに。敵味方に分かれて殺しあいをする。多くの民間人が巻き添えをくう。同じようなことは日本でもあった。もっと悲惨だった。生き残ったのが勿怪の幸いである。
いったん戦争になってしまえば、あとは逃げるか、殺されないために殺すしかない。そんな状況は案外簡単にやってくる。さいきんでもビルまで起きた。ビルマじゃないミャンマーである。信仰心の厚い仏教国だ。竹中道雄の「ビルマの竪琴」という小説もある。映画化された。
水島上等兵が山野に散らばっている戦友の遺骨を集める旅に出る。ビルマ僧になって黄色い仏衣を着る。喜捨をえるために竪琴を抱え肩にインコを乗せる。「おおい、水島、一緒に日本に帰ろう」水島は軽く会釈して去る。そんな話である。
戦争の憎しみは今も消えない。戦争を知らないボンボン指導者はいまだに意気軒昂である。怖いもの知らずだ。あいつは死なない。指導者はいつも生き残るのだ。
芙美湖の父は肺気腫だった。ベッド上で苦しんだ。先生、お願いだから終わりにして。戦死である。薬きょうの仕事がなくなくなり今度はブリキ玩具の時代になる。そんな玩具の小さなタイヤを焼く。玩具だから単価が安い。材料も悪い。換気も悪い。肺を患うようになっていた。結果的に肺がんで死んだ。
長女の芙美湖も肺が弱かった。家族全員が弱くなる。一種の公害病である。そのことは主治医にはいっていない。そんな昔のことを云っても仕方ない。咳き込みが酷くなると指示されたステロイド剤を飲んだ。本人はそうはいわないが薬害である。顔は浮腫んでいた。見舞いに来た母親が娘と分からないくらいに。ステロイド剤の副作用である。ムーン・フェイスという。
みな一貫して貧しかった。一緒になった亭主も同じだ。あの時代そのものが貧しかったのである。貧しさでは今も変わらない。違うのは政府はここ二十年、シャカリキになって財政出動した。インフラが整備され街がきれいになった。そのぶん国債発行残高は増えた。1200兆円を超える。景気はよくならない。最初のインフラ工事の劣化が始まる。これからが大変だ。
満85歳。台湾生まれ台湾育ち。さいごの軍国少年世代。戦後引き揚げの日本国籍者です。耐え難きを耐え、忍び難きを忍び頑張った。その日本も世界の底辺になりつつある。まだ墜ちるだろう。再再興のヒントは?老人の知恵と警告と提言を・・・どぞ。