子どもの頃は見向きもしなかった紫陽花を、いつからこんなに欲するようになったのだろう。
青から紫を経て赤紫へと色相環を移動していく、まるで虹の端をとってきたような花たちの色合いの中に、好みの色が全部入っている。
いつかひと目見たいと、雨が降りしきる季節になるたびに思い出していた。
日々に追われていれば花の時期などすぐに過ぎ去ってしまう。
何年か越しに思い続けたあの花たちのブルーを見るため、おとなの遠足に出発しよう。
一度は行きたいあの場所〝明月院ブルー〟を見るおとなの遠足
北鎌倉駅まで電車に揺られながら、短いトンネルに入るたびウアーーーン、という音がして耳が詰まったが、本気で鎌倉の山を掘って線路を通したのだなと目を閉じて思いを馳せた。
駅の改札で駅員さんが続ける案内の声にしたがって、迷うことなく人の流れにのる。
平日の午前中でも、列が途切れないくらいの人出だ。
片側に山、もう片側は海へと続く鎌倉には坂道が多い。石の階段をのぼった先に玄関があるしゃれた家を眺めながら、毎日階段はきついかなと思ったり、庭先で紫陽花を育てている家をたくさん見つけて、花や町を思う心を感じたりした。
日本人はもちろん、欧米やアジアなどさまざまな言語が飛び交う世界からのお客さんと一緒に10分ほど歩いて明月院に到着した。
明るい月、もしくは月の明かりという名前がとてもいい。
お待ちかねのおいしいものは〝喫茶ミンカ〟にて
店内の席数は20に満たない。
時間の制限もない。
信じて愛するものを揺るぎなく大切にする。
そんな自分のことも大切にする。
そういう時間を過ごせる場所。
願わくば、雨の降る日に再び訪れて、錆びたトタン屋根にせわしなくあたる雨音を聞きながら、ゆったりとホットコーヒーをいただきたいものだ。
とびだす絵本の専門店は鎌倉にある 〝Meggendorfer〟
〝メッゲンドルファー〟というお店の名前は、ドイツのしかけ絵本の父と呼ばれる人物からもらったそうだ。
鎌倉駅から徒歩10分のところにある、全国でもめずらしいしかけ絵本の専門店の存在を知ってからずいぶんたつが、今回ようやく訪れることができた。
おとなのおやつは上限なし!なので〝café vivemento dimanche〟へ
こちらのカフェはが鎌倉で30周年を迎えた人気店。
お店の名前の意味がフランス映画のタイトル「日曜日が待ち遠しい」なのだと知って、必ず行こうと決めた。
30年前は若者であったマスターが、きっとそのときと変わらず丁寧に淹れたコーヒーを運んできて笑顔を向けてくれる。
外の看板に描かれている人だった。
これがびっくりするほどおいしかったのだ。
酸味が苦手だからと深煎りばかり飲んでいた自分が、いくつもコーヒースタンドを巡るうちにコーヒーは赤い実であることに気がつき、酸味をフルーティとようやく感じられるようになってきたタイミングだった。
ナッツのような、とかチョコレートのようなと表現される風味、甘みを発見できた気がした。
おとなの遠足では、おやつに上限はない。
薄めのワッフルなのだが、生地にほどよく甘みと少しの塩味があり、行列のできる鯛焼き屋さんのもちっとおいしい皮の部分をこんがりと主役にしていただいている感じに近い。
中学生たちは卵がつやつやのオムライスをかきこんで出て行った。
飲み物は水だったから、また何年後かに来て、あのときは時間なくてほんと焦ったよね、などと言いながらコーヒーを注文してほしい。なんて思ったりした。
鳩サブレの本店や鎌倉野菜の八百屋をのぞいたりしながら鎌倉駅へ戻る。
改札の真上につばめが巣を作ったらしい。
「ひなが巣立つまでご理解ください」と貼り紙があり、鎌倉駅にいくつも並んだ自動改札のちょうど真ん中の1カ所が通行止めになっていた。
また、短いトンネルのたびにウアーーーン、と耳を詰まらせながら東京へ向かう。
好きなものを思い続けていたら、その時間の分だけ思いが積もるものだ。
目に焼きつけた花のブルーと、過ごした時間を何度も思い出すだろう。そしてきっと満足のため息をつく。
遠足でもなんでも、これからが、おとなになってからが楽しいのだ。
おとなの遠足に最後までおつき合いいただき、
thank you so much!