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いぬがしゃべりました ①【はじめに】

「ある日突然、イヌがしゃべった!なぜ?」
中2女子 桃々と犬のサトーさんが、謎を解明するふしぎな3年間。
「犬と話したい」と夢見る方にお贈りする、冗談みたいなお話です。


<第1話>「はじめに」


「イヌがしゃべったって?」


おっ、サトーさんが意外に食いついた。
彼の黒目がちな瞳を見ればわかる。
私は嬉しくて、

「そ。ご近所のチワワちゃんがね。『おはよう。』って言ったの。それでね、でね…」

「あり得ない。」

ん?

「言葉を話すわけないよ。チワワは低能だ。脳の容量が小さすぎて言語中枢もない。第一、呼吸器官の構造上不可能だ。」とサトーさんはバッサリ。
あきれた顔で、「桃々ちゃん。夢でも見たんでしょ。」

私は肩をすくめて苦笑い。「…そ。今朝見た夢の話だけどね。」と、くたびれかけた学校カバンを芝の上に放り投げた。制服スカートの折り目が崩れないよう両手で揃えて腰を下ろす。

オレンジの夕焼けに輝く大きな運河を臨む『豊洲さきっぽ公園』。
向こう岸には、オモチャ箱みたいにビル群がごっちゃり並ぶ。灯り始めたあの小さな光ひとつひとつに人がいるんだな…、なんて思いつつ、いつものように2人並んで座る。たわいもないおしゃべり。この時間が好きだ。



「イヌがしゃべる夢か…。夢診断では、人間関係のもつれを予兆しているんだ。」サトーさんは何でも知っている。

「え…そうなの?」

「ってことは、誰かと上手くいきたいのかな?友だち?それとも…?」
近ごろ少し大人っぽくなった上目づかいで覗き込む。

「ちょっと、やめてよ。」あんたのことだなんて言えない。

「さすが中2女子。こじらせ、ご苦労さま。」

他人事みたいな顔をするから、ムッとした。
「私だって、いろいろあんのよ。」チクチクする芝を指でちぎる。「あんたさ、よくないよ。すぐそうやってすぐ切り捨てるトコ。あとさ、勝手にネットで買い物したでしょ。ママが怒ってたよ。知らないドッグフードが届いたって。」

「えっ!もう届いたの!?…あ、いや…。」ほら図星だ。

「バレバレだよ、サトーさん。とぼけても尻尾ブンブン振ってる。」

「あ。」

ふさふさとした彼の尾が草をパサパサ勢いよく叩いている。ごまかすように後ろ肢で首を掻くから、リードの金具がカチャカチャ鳴った。

「知らないなら返品しちゃうよ。認める?」
「認めます。返品しないで。」
彼は濡れた黒い鼻をひくひくさせて懇願する。

「あははは、認めた。あはは。」
「あはははは。」

私は笑って草の上に寝ころんだ。真上には黄昏に照らされるひつじ雲。ゆったりと流れていく。


そう、サトーさんは犬だ。



柔らかく白い毛に薄い茶色のブチ。柴犬のような顔つきだけど、素性がよく分からない雑種の中型犬。
そんな彼が私を見下ろしポツリと言った。

「匂いでわかったよ。」
「うん?」
「桃々ちゃんが元気がない時の匂い。ホルモンの分泌に変化が出る。」
「え?私の?」

紺のスクールニットの袖にそっと私は鼻先を寄せてみた。だけどほのかに匂うのは、すっかり温かくなった春の風に乗せた青臭い若葉の香りだけ。
うーん。「さすが嗅覚1万倍。」

彼は真っ黒な瞳で私を見つめて、

「好きだよ。」

「え?」どきり。

「元気のない時の匂い。」

なんだ。「あそ。」

「でもね。」

「なに?」

「元気な時は、もっと好きかな。」

ヒゲの口角をニヤリと上げた。

「もー、サトーさぁん。」

なんだかたまらなくなって、ふわふわ柔らかい毛の首に、ばふっと抱きついた。

「いたた。苦しいよ。」
「甘々トークでごまかさないで。バラすよママに。ドッグフードのこと。」
「それは困る。微分の宿題手伝うから。」
「うーん…よし、商談成立。」

沈みかけた夕陽。遠慮がちに小さな一番星が2人を優しく見下ろしている。


そうなのだ。幸せだ。
ちょっと理屈っぽいところが時々ムカつく犬だけど。
いつまでもこの何気ない幸せな日々が続くと思ってた…。

サトーさんが家に来てからもうすぐ3年。
ある日、なぜだか言葉を話し始めた。
以来、かけがえのない家族として一緒に過ごしている。

…っていう話。


ちょっと待って、II 一時停止。


そんなことあるわけないって?
そもそもおかしくない?イヌがしゃべるって。アニメやCMじゃないんだから。

そこ。
そこは簡単に受け入れてはいけない。

犬が話す物語は、古今東西、数多ある。
だけどなぜ登場人物たちは皆、犬がしゃべる珍事をすんなりと受け入れるのだろう。
なぜ観客は不思議に思わないんだろう。
私は不思議だ。不思議で仕方がない。だからこそ、とても素敵な奇跡のはず。

犬は飼い主の顔をよく見る。
物憂げな瞳で我々の目を見る時、彼らは何を訴えたいのだろう?
もしかしたら世界のどこかに、実は話せるけど秘密にしている犬がいるんじゃないだろうか。

もしもそうなら、なにかとんでもない理由があるにちがいない。
そうきっと、とてつもなく素敵なワケが。

" しゃべる犬 "
その謎に、サトーさんと私は正面から向き合ってみることにした。

これは、そんな夢のような
だけど本当にある…かもしれない。
そんな冗談みたいな ” おはなし ” です。



(つづく…)


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シオツマ ユタカ
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