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"COPY BOY" ぼくのクローンは小学生㉖【タネあかし】
ワケあって、大学生の僕はクローンと暮らしている。ヤツは小学2年生。8歳の子どもだ。
顔は、幼い頃の僕と全く同じ。ジャンケンすると決着がつかない。
なんで、こんなことになったのか。よかったら、そのワケを聞いてほしい。
(※第1話へ)
<秋、第26話>
「”タネあかし”のお時間ですわ。」
犬巻の言葉。どういう意味だろう。
僕が知りたかった秘密。クローンが誕生した本当の理由がわかると言うのか。
チビの生まれた父の研究室。目の前にそびえる巨大なガラスチューブが生々しく饒舌に何かを語りかけてくるようだ。
父が使っていたであろうさほど大きくないテーブルにぐるりと犬巻と猫ちゃん、僕とチビ、ヤギヒゲ教授とツルタ弁護士とが窮屈に座った。
テーブルの上には惑星のオモチャが飾られていた。星を眺めるのが好きな父らしい。この模様は”木星”かな。目のように見える部分は確か大気の渦だと父に教えてもらった記憶がある。確か地球が3個入っちゃうほど巨大なのだそうだ。
見回すと、棚にはブラキオサウルスやロケットのトイたちもたくさん飾られている。父はこういうオモチャが好きな人だった。遊び心にあふれていつまでも子どもみたいな大人だった。彼の意志を感じるものを見て、久しぶりに父の呼吸に触れた気がした。
古い丸イスがやや不安定で、お尻を動かすたびにきゅうきゅう鳴る。父もこんなふうに鳴らしたのだろうか。
「正直ここまで来るとは思っていませんでした。」
ここまで?と、犬巻に尋ねようとしたら、
「ステージ4のことですよ。」
と口を挟んだのはヤギヒゲ教授。まるで授業中、算数の答えが分かって嬉しくて出しゃばるガリ勉小学生のよう。犬巻をうかがうと、彼女は黙ってうなずく。発言権をもらった教授は嬉しそうにホワイトボードにへばり付いて崩れた字で書きなぐった。
「ステージ1というのは行動がシンクロすること。これは早かったですね。会うなりすぐでしたから。」
うんと犬巻がうなずく。
「ステージ2は同じ夢を見る。ステージ3は相手と記憶を交換し始める。サル…サルスケ…。」
「サルノスケですか?」
「そうそう、サルノスケ。おチビちゃんが夢の中であなたの過去の記憶を見て、自分の脳にコピーした。」
「ええまあ。」
「そして今回、ステージ4。それは、”脳の上書き”です。」ペンで大きく”脳の上書き”に丸をした。
「のうのうわがき?」
「そのステージに差し掛かったのです。」
脳の上書きってなんだ?
「ユタカさんとおチビちゃんの脳のコピーが進むと、やがて圧倒的に量の多いユタカさんの記憶がおチビちゃんの脳内を占めていきます。」
そりゃそうか、人生が長い分、記憶の量も圧倒的に僕が多い。
真っ白なノートのようなチビの脳に、僕の20年分が一気に書き込まれるからな。チビも頭が良くなっていいんじゃないの…。
と、よく考えもせず、キャスター付きの丸イスに乗って滑って遊ぶチビを眺めた。あの小さな頭にコピーされるのか。
チビは大人の話なんかには興味も示さず、夢中で”しゅーー、しゅーー”と空気ボンベの音をマネしながら、丸イスにお腹を乗せて研究室の中をうつ伏せのまま宇宙遊泳している。
…いや、ちょっと待って、”脳内を占める”?
「このまま進んだら…?」
よくぞ聞いてくれましたと笑顔で、
「この子の意識は消滅します。」
「その先は?」
「あなたの意識が、とって代わることになります。」
「とって代わるって?」
「この子の脳をあなたの意識が支配するのです」
「え、え、ちょっと待って。意味が分かんない」
「簡単に言うと、体はおチビちゃんでも、頭の中はあなたになるのです。もう一人あなたができるってこと。素晴らしい。本当に起こるなんて。」嬉しそうにヒゲをさする。
この子が僕になる…
呆然とする僕を覚ますように、犬巻ははっきりとした口調で、
「いつかはどちらかを選択しなければなりません。」
「選択?」
思わず猫ちゃんの方をうかがうと、こっそり気づかれないよう長いまつ毛を2回瞬き、瞳で返事した。
あの言葉…
”彼女たちの言葉に流されないでください”
”自分自身の心に従って決めてください"
もう一度そう言われたような気がした。
犬巻が続ける。
「あなたの命はいつ終わるか分からない。脳内のガラスの破片がいつ血管を破ってもおかしくない状態。でも…」
「でも?」
「おチビちゃんの体をもらって、意識はあなたになれば、その先は…」
「その先は、なんですか?」
「もう一度人生をやり直せるのよ、あなたが。このまま、放っておきさえすれば。」
「チビは?チビの意識は?チビという人間は?」
「存在しなくなるわ。」
ガシャン!!
丸イスとチビが転がっていた。
「いてててて」
もしかして聞いていた?
「チビだいじょうぶか?」
「宇宙ステーションにぶつかっちゃった。」その顔は無垢な8歳児のままだった。
良かった…夢中になってたから聞いてなかったかな。小難しい大人の話はよくわからないからいいようなものの、チビが目の前にいるのにこんな酷いことがよく言えるな。
「痛かったね。危ないからこっちで遊びましょ」察した猫ちゃんが手を引いて「ほら、ロボット。かわいいね。ゼンマイで動くみたい」棚に飾ってあるおもちゃたちの元に避難させる。
”ジ―ジー”というゼンマイ音を立てながら、ロボットがゆっくり前に進むと、チビは「うわあ」と喜んで、猫ちゃんの腕にしがみついた。
その様子を横目で確かめながら、心の中で思った。うん、わかったよ猫ちゃん。”自分の心で決める” だよね。
決意をもって、問い正す。
「チビの体を横取りしろっていうんですか」
「横取りだなんて…元はひとつの体なんだから。気にしなくていいわ。」
とても大したことないことのように笑顔を見せた。
「なんてひどいことを」
思わず息を飲んだ。
「あなたが、新しい体を手に入れるの。」
「いやいやいや。そんなことできるわけないでしょ」
「すべきよ。」
「ちょっと待ってください。」
「あなたのためよ」
「おかしいですって。チビの人生を奪い取れるわけないでしょ。」
「そこまで行けば、実験が成立するのよ。」
「はあ?実験が成立?どういうこと?」急に何言ってんの。行く末には何か僕たちの知らないゴールがあるっていうのか。
「ふう。」犬巻は息をついた。立ち上がって、ネイルの塗り具合を爪の先から確かめながら僕の周りを一歩一歩踏みしめる。
「……」
ゆっくりと屈み、僕の鼻を噛みちぎりそうなほど顔を近づける。深く刻み込まれた皺にファンデーションの塊が詰まっているのが分かる。
そして一言。
「あなたに決定権はないわ。」
生ぬるい説得はあきらめたようだ。強い口調で僕に言い放った。
「やっとここまできたのよ。もう止められない。」
「止められないって、何を?」
「もう手遅れよ。」
「何が手遅れなんですか?」
「あなたたち2人が一緒に暮らすだけで、どんどん記憶の上書きは進んでいくわ。もうシンクロが始まった以上、誰も止められない。歯車は回り始めたの。」
もう止まらない?このまま暮らし続けたら、チビが消えるまでまっしぐらってこと?
「なんてことを…。最初から、こうなると?」
「理論上はね。私たちも確信はなかったわ。」
「知ってたなら、どうして…」
「まさか現実にこんなことが起きるなんて。あなたとおチビちゃんが、会うなり見事なシンクロをはじめた時でも、まだ信じられなかった。でも、そこから一緒に暮らすうち、夢を通じて記憶を交換し始めるのを見たとき、驚いたわ。お父様…、汐妻教授の理論は正しかった。」
「父が…?実験のために僕たちを会わせた…?」
「いいえ。お父様はむしろ会わせることに反対したわ。こうなることを一番わかってた人だから。」
「だったらなぜ?」
「汐妻教授が亡くなったから、反対する人がいなくなった。政府では早く実験を再開しろ、2人を会わせろと声が挙がっていたの。勝手に自分の子どもでクローンを作ったなら、実験に提供するべきだって。国の予算よ。機材もすべて国の設備。民間の出資者だって黙っていない。このテクノロジーを手に入れたら、この国は大きく発展する。上が検討した結果、会わせようって。」
「国の発展?僕がチビの体を奪う実験と、どう関係が…」
「ほら、新しい体を手に入れられるでしょ?」
「え?」
そこで、僕は気づいてしまった。
それが本当なら、なんと恐ろしいことだろう。
「もしかして、…永遠の命?」
犬巻は、僕の言葉をはぐらかすように手慰みに木星のオブジェをクルクル回す。
「……」
業を煮やして詰め寄った。
「”永遠の命”なんですか!?クローン研究の本当の目的は。」
犬巻は振り向き、言った。
「そうですとも。人が永遠の命を手に入れることが、本当の目的です。意思をそのままに、新しい肉体に着替えていくの。これが成功すれば、これからどんどんクローンを増やしていくわ。」
「なんてひどいことを」
「少子化対策…そんなのはもっともらしい表向きの理由。人口を増やすのに、誰でもかれでも増やせばいいってもんじゃない。無能な人間を増やしても意味がない。社会には、優秀な人間はせいぜい2%しかいない。その2%だけを増やせばいいんです。それ以外は寿命で死んでいけばいい。」
「そんな不公平な。」
「クローンの研究の最終目標はそこにあります。もしも、アイソシュタイソやホーキンク博士、スティーブジョズブが生き続けたら…」
トップレベルの経営者。ノーベル賞学者。世界で活躍する芸術家。金メダルアスリート。
その天才たちを増やし、長く生かせれば、世界との競争に勝つことができる。この国がもう一度勢いを取り戻せる。
この大義名分のもと、政治家は喜んで政策を後押しした。自分たちもおこぼれで永遠の命にありつくことができるのでは、と期待して。実は優秀な選ばれた者たちだけを延命させる、とんでもなく不平等で差別的な政策なのだ。
「誰か別の人で実験すればいいじゃないですか。そうだ、犬巻さん、あなたたち自身でやればいい。」
「とっくにやりました。」
「へ?」
「その猫塚でね。」
思わず猫ちゃんを見ると、目を背け小さく頷いた。
「とんでもない失敗作でした。お父様、汐妻教授の協力が無いと、どうもね。」
「失敗作?そんな言い方…。で、どうなったんですか?」
「ずっと寝たきり。」
「…寝たきり?」
「遺伝子操作が上手くいかなくてね…」
えっ!?それって?「もしかして…?」
思い出した。さっきの猫ちゃんの言葉。
" 私にも年の離れた妹がいるんです。…体を悪くして寝たきりなんです。意識もなくて… "
「なんてひどいことを…。」思わず猫ちゃんに訴えた。「この人たちに、そんなことさせていいんですか?人権問題ですよ、これ!」
感情的な僕の言葉を、まるで優しくいなすような澄んだ瞳で言った。
「…私は元々養護施設にいたんです。」
「え?」
「ずっと身寄りがなくて、学校の友だちが羨ましかった…。だから、私に家族ができるのならと…。」
「だけど…」
「寝たきりだけど、妹に会えるだけで私は幸せですよ。いつかは元気に目を覚ましてくれると信じています。」
「……」
何も言えなくなった。
猫ちゃんのようにクローンの存在で救われる人がいるのか…。
もしかして、今の僕も?チビによって救われている?
…そうなのかもしれない。
父の死後も、犬巻たちはクローンを作ろうと試みたが、どうしても成功しなかったという。たとえ世の天才たちのクローンを作ったところで、単なる肉体のコピー。それだけでは意味がない。遺伝子は同じでも、育つ環境や人生経験など後天的なもので大きく違う人間になる。双子レベルでは不十分。100%完全に同じ人間でないと、脳のコピーは成功しない。
ところが、シオツマ法で生まれた高いクオリティのクローンならば可能になる。オリジナル人間とクローンが一緒に過ごすだけで脳がコピーでき、同じ意識の人間が2人存在することになる。オリジナルの古い身体は、いつか寿命で姿を消す。すると残った一人が、完全なる「生まれ変わり」となる。つまり「着替え」が終了。しかもクローンは、身体は子ども、知識は大人という、人生をリードした形で再スタートできるのだ。
「あなたたちシオツマ法で生まれた最高傑作は、見事なシンクロを果たしている。他に例のない、世界で唯一無二な存在なのです。
今、世界各国で研究の競争は激化しています。でも、お父様は研究データをあえて残さなかった。だから、あなたたちは研究対象として世界から狙われています。」
「僕たちが…。」
犬巻は片方の眉を上げ、おどけた表情で、
「…ま、もっとも、本来は”天才経営者”とかもう少し優秀な人材で実験したかったのですが…」
ちょいちょい失礼だな。
さらに、ヤギヒゲ教授が意外な言葉で焚きつけ、
僕を惑わせようとする。
「実は、あなたもクローンかもしれないんですよ。ユタカさん。」
「へ?」
「あなたがクローンである可能性があります。」
「可能性って?」
「かなりの可能性です。半々くらいかも。どっちかわからないんです。汐妻教授があまりに極秘に進めていたので。」
「何を言ってるのか、わからないです。」デスクの下に這いつくばってティラノサウルスと片方の運動靴を戦わせているチビを指して、「じゃ、あのチビは?」
「同じく。クローンですよ。」
「いやいやいや、2人ともなわけないっしょ。僕は22年前にちゃんと生まれていますよ。」
「22年前、生まれてすぐの赤ん坊から、お父様がDNAを採取してクローンを作った記録が残されていたんです。」と父の分厚い資料を見せる。
「僕がアタマ悪いのかな。意味が分かんないです。」
「あくまで想像ですがね…」
22年前、母は体が弱く、出産のとき”母子ともに”亡くなってしまった、と仮定する。
「えっ?オリジナルの僕が死んだ?」
「最後まで聞いてください。」
妻と息子まで失った父・汐妻教授は悲しみのあまり、赤ん坊からDNAを採取してクローンを2体作っていた。つまり22年前に、僕もチビも一緒にクローンとして生まれたというのだ。チビの細胞はバックアップとして13年間冷凍保存され、僕が自動車事故に遭った時、父が人工的に誕生させた。
そんな可能性を教授たちは推測している。
ん?ん?
…僕もコピーで、チビもコピー!?
嘘でしょ?嘘だよね?僕もチビとおんなじ?父と母の実の子供じゃなかった?
「どっちかわからないんです。そう、あなたもこの溶液プールから生まれたかも。」
空になったチューブを見つめる。ここに僕も入っていたのか。細かい泡が立ち上る溶液の中で、管につながれた2つの胎児が浮かぶ光景が浮かんだ。
「本当に?」
「とも考えられる、ってだけですけどね。」
「......。」
言葉が出なかった。
「ショックだろうが、気にしてはいけない。そもそもコピーなどと呼べぬほど精度の高いクローン。むしろ2人とも本物と言ってもいいほどですよ。」ヤギヒゲ教授は誉め言葉になっているのかどうかわからない言葉で慰めた。
僕はオリジナルじゃなかった?コピーだった?
自分のアイデンティティが崩れると、途端に不安になった。
僕はもうすぐ死ぬただのクローン?そもそも、いなくなっても最初から数に入っていない存在。なんなの?僕
「さっきの話に戻りましょう」
動揺した僕を見て、ここぞとばかりに犬巻が畳み掛ける。
「おすすめコースは今まで通り。毎日一緒に生活し続けて、おチビちゃんの脳とシンクロしていくだけ。簡単よ。そうすれば、その先には…」
「その先には?」
分かっていても、たまらない気持ちで聞いた。
「その先には、あなたの意識がおチビちゃんの体に住み着いて、新しく若くて健康な体を手に入れることができる。想像してくださいな。今の知識で小学生になったなら、誰よりも優秀で競争力が高い。どんな人生が待っているか…最強よ!これだわ、これ!凡人のあなたでさえ、人生をリードできる。これが優秀な人間だったら…量産すれば日本はすごいことになる!」と興奮している。
でも…でも…
揺らぐ。
確かに心は揺らいだ。だって、僕はもうすぐ死ぬんだもの。
もしかしたら生きていけるかもしれないって聞かされたら…。
「猫ちゃん、どうすれば…?」と助けを求めようとしたが、彼女の目を見て思いとどまった。彼女はここでは本心を言えない。コッソリ忠告してくれたじゃないか。
そうだ、”自分自身の心に従って決める”しかない。
グラグラ揺れる弱い僕の心を見透かして、犬巻が猫なで声になる。
「ね、そもそも2人とも、同じ人間なのよ。元々1人なんです。もとに戻るだけよ。一緒の体になるために生まれたんですから。だから、後ろめたく感じる必要なんてありませんわ。おチビちゃんは”IPS細胞”だと思えばいい。IPS細胞で作った臓器をあなたに移植したと思えばいい。同じようなものよ。ユタカさんが幸せになれば、おチビちゃんも喜んでくれますわよ、きっと。…ね。」けばけばしい付け睫毛をパタパタさせながら、甘い言葉でささやく。
「だけど…だけど…」
精一杯、抵抗を試みようと言葉を探すが、何も出てこない。彼らの言うことは、もしかしたら正しいんじゃないかと思ってしまうくらいに、僕の心は動揺していた。
「じゃあ聞きますけど…。」
ずっと無言だったツルタ弁護士が口を開いた。唐突な方向からだったのでついビクッとしてしまった。思わず「いたの?」
冷静な無表情さで、今までの皆のやりとりを一歩引いてずっと何も言わず眺めていた。すべての情報を一人静かに分析したかのような迫力。脂で額に貼り付いたわずかな髪の毛を前に突き出しながら僕に近づいた。
「え?」
グイッと乗り出し、ランプで照らされた細い目を見せたことのない鋭さで、僕を凝視した。
「じゃあ聞きますけど…」
「え?はい…」
「このまま黙って死にます?」
心が揺れた。
ダメ。
ダメダメダメダメダメ。
そんなこと思っちゃ。
あとで考えよう。うん。今は。
その日は、チビの顔が見られなかった。
(つづく) あと8話…
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