医療ソーシャルワーカーが取り組むべき重要課題【依存症回復支援】
医療ソーシャルワーカーは依存症回復支援に取り組む必要があるの?
専門の医療機関でないと難しくない?
依存症と聞くだけで無意識に支援をシャットアウトしてるかも…
依存症患者に対して多くの医療専門職は「来院してほしくない…」「また来たよ…」といったネガティブなイメージを持つことが多いです。
私は6年間医療ソーシャルワーカー(以下MSW)として依存症患者との継続した関わりを通して「依存症は回復する病気」であることが実体験をもって体感することができました。
当記事では「MSWが行う依存症回復支援の重要性」について解説します。
この記事を読めば、今日からの依存症患者へのアプローチが上達します。
依存症回復支援は「アクション」「ネゴシエーション」「コネクション」の3つを意識することで解決への突破口を開いていきます。
※この記事の「依存症患者」は主にアルコール依存症の患者としています。
依存症回復支援の実態
急性期病院で依存症患者に対して長期的に関わることは、在院日数の縛りや専門医の不在等により困難な場合が少なくありません。
依存症患者へ満足な支援を届けらずに退院されたケースや、依存症患者であることが潜在化されずに退院するケースもあります。
医療専門職の本音
MSW:依存症は回復する病気です!
医師:お酒を飲める体にして何の意味があるの?
看護師:点滴のルートを引っ張って落ち着かないからさっさと退院して!
「アル中は出禁で!」「アル中は廃人だから診ないよ」病院ではこのような会話が飛び交うことがあります。
病院で働く医療専門職は、依存症患者に対して良いイメージがないことが多く、MSWの意見は多職種からの数の暴力によってもみ消されてしまいます。
トリートメントギャップの解消
厚生労働省のアルコール健康障害対策推進基本計画 によると、アルコール依存症で受診した患者数は外来、入院を合わせると約13万人とされています。
依存症患者のトリートメントギャップは身近に起こり得ます。
依存症支援は「ソーシャルワークの視点」が通常の支援よりも多く求められます。
MSWが、依存症支援に関する知識を深めるだけではなく、多職種へ発信できる能力がなければ啓発は進みません。
≫ ソーシャルワークを現役社会福祉士がわかりやすく解説
MSWの知識不足
依存症回復支援に関わる全てのMSWが、依存症回復支援に対するモチベーションが高いとは限りません。
簡単な支援でないことは百も承知で、長期的に関わることが目に見えていることが多く、知識や技術が伴わないと感じて消極的になるMSWも少なくありません。
依存症なんて自業自得だし…
技術や知識が足りないから介入するのはやめておこう…
支援しても解決しなそうだから時間の無駄!
私が依存症に関する知識が浅かったときの本音です。
依存症患者が入院されたら有事の事態になるまで「見て見ぬ振り」をして、あわよくば「何事もなく退院してもらいたい」とすら思っていました。
実際の現場で働いているMSWは私と同じような感情を抱いていることが少なくありません。
依存症回復支援を難しくする3つの壁
依存症回復支援はソーシャルワークの中でも技術や知識が必要になります。
MSWは医療機関で働いているため、依存症回復支援に関わることが少なくありませんが、支援の実情は決して簡単ではありません。
見つけるまでの(見つけた後の)壁
介入する壁
連携の壁
見つけるまでの(見つけた後)壁
依存症のニーズは、MSWの支援に対するアンテナが低いと見つけることはできません。
「お酒好き」と「依存症」の境界線を見極めることが難しい
「見て見ぬ振り」ができてしまう
組織の少数派になる勇気
依存症回復支援は「見て見ぬ振り」ができます。
多くの医療専門職と同じよう行動すれば、依存症患者は「組織の厄介者扱い」にされて、根本的な問題は何も解決せず退院になります。
依存症回復支援は、組織の立場から見ると少数派のアプローチになるため、MSWの手腕と技量が試される支援です。
介入する壁
MSWが介入する際は医師が既に依存症と診断しているため、比較的容易に介入が可能ですが、地域で関わる際は依存症と診断されていないことが多いです。
依存症患者は自発的に相談窓口にいかない
MSWの知識不足で誤った情報提供をしてしまう
支援者がニーズを汲み取れず支援に結びつかない
依存症の疑いがある患者の多くは「自分が依存症である」という自覚がないため、自発的に依存症相談の窓口にはいきません。
依存症に対する窓口は厚生労働省が公開していますが、依存症支援が開始されるまでの導線も不十分です。
頻繁にある例として「市役所で相談してください」とクラエントへ情報提供するMSWがいます。
依存症回復支援における行政の窓口は保健所であることが多いため、最短の導線から逸脱して窓口に辿りつかないことがあります。
仮にクライエントが行政機関に辿りついても、窓口の職員が「依存症の支援をしてほしい」というニーズを汲み取れなかった場合、国民健康保険や生活保護の窓口に案内されてしまい、効果的な支援に結びつきません。
連携の壁
理屈では理解していても、全ての支援者がモチベーションを高く依存症回復支援を行えていない現実があります。
依存症回復支援は時間がかかる
費用対効果(コスパ)が伴わない
別の仕事が終わらなくなる
多くの支援者が抱えている潜在化した本音です。
私も高度急性期病院のMSWなので「在院日数短縮」という病院の使命と両立するジレンマを常に抱えています。
依存症は患者だけが辛いのではなく、患者家族も同等の辛さを感じています。
患者を取り巻く環境の全員が被害者であることを忘れてはいけません。
依存症は「見ようとしないと見えない病気」
依存症はアディクションと訳されますが、個人的に依存症回復支援で重要なことは3つあります。
アクション
ネゴシエーション
コネクション
アクション
自らアクションを起こしていかないと依存症回復支援は進展しません。
MSWが所属するような一般医療機関は医師や看護師のように医療に関する専門職が多く、医療知識の発言がしやすい環境ではありませんが依存症に関する知識を深く学んでいるとは限りません。
組織全体の考え方を変えるために長期的な時間を要するとしても、社会変革のために啓発していく必要があります。
≫ ソーシャルアクションを現役社会福祉士が解説
ネゴシエーション(交渉)
依存症回復支援において、ネゴシエーションは重要です。
ネゴシエーションの「言葉」「姿勢」「タイミング」で依存症回復支援は容易に崩壊します。
依存症患者と関わる際に必ず耳にする「俺は依存症じゃない」「治療なんか必要ない」「さっさと退院させろ」は支援者側が一歩通行のネゴシエーションをしている証拠です。
「依存症を解決したい!」は支援者側のエゴと解釈されることも多く、患者と支援の足並みが揃える必要があります。
私は「患者」が難しければ「家族」に向けて、家族が難しければ「地域」に向けてといったように、外堀からアプローチしていました。
≫ 福祉分野のネゴシエーションを心理学を応用して解説
コネクション
依存症患者は依存症から実際に回復された患者と接触することで大きなモチベーションになります。
私は依存症の自助グループを実際に見学したことがあります。
同じ当事者同士が「辛さ」「苦しみ」が一切否定されずに共有される光景を間近で体験して非常に感銘を受けました。
「自助グループは依存症以外の分野でもっと普及されるべき」と感じました。
精神科医である松本俊彦先生の著書「誰がために医師はいるクスリとヒトの現代論」で「アディクション(依存症)の対義語はコネクション(つながり)である」と述べられおり、興味深すぎて1日で読み終えてしまいました。
クオリティの高い支援が行えなかったケースが私の脳内でフラッシュバックされて「その通りだわ」と思わず独り言をつぶやいてしまいました。
「自助グループの存在を知っていれば…」「もっと良い伝え方をすればつながったかな…」思い返すとコネクションの弱さが要因でした。
コネクションの発達はソーシャルインクルージョンにもつながるため、MSWとして意識して取り組むべきです。
≫ ソーシャルインクルージョンを具体例を用いて解説
実際にあった依存症回復支援の事例
アルコール依存症Aさん
・70代男性(独身)
・お酒を飲み過ぎて救急搬送を繰り返している
・離婚歴あり
同じ大学出身の仲良しのSW3人組
・急性期MSW
・精神科PSW
・行政SW
※個人の特定を防ぐため、一部フィクションが含まれます。
「横の連携」で依存症に立ち向かう
地域で問題になっているAさん。
個人情報に十分留意してもバレてしまうほど地域では有名人です。
大衆居酒屋で仕事に関する愚痴を話していた際、ふとAさんの話題になりました。
このときの3人はほろ酔いだったこともあり、普段滅多に口にしないようなことを平気で口にするテンションになっていました。
「俺たちでAさん救おう!」気分は三國志で例えるなら劉備、関羽、張飛の桃園の誓いです。
ほろ酔いになりながらも、確認したことは以下の3つです。
絶対にあしらわない
別のSWからあしらわれていないかAさんに時折確認する
対応が難しければ別のSWへ導線を引く
Aさんの話をひたすら聞いた
その日からAさんが自分の職場にくるたびに「今日はAさん来たよ」「30分話聞いたよ」などの情報共有を行いました。
仕事が忙しくて話を聞けないときは、上手く導線をつないで別のSWにつなぐようにして支援を途切れさせないようにしていました。
Aさんの支援は半年ほど続きました。
既にAさんに対しての支援は良い意味でゲーム感覚に陥っていました。
「俺は通算10時間以上話を聞いた!」
「Aさんの〇〇なところみんな知らないでしょ?」
「小さい頃の夢は野球選手だったらしいよ」
気がつけば「Aさんのことを誰が1番把握しているか選手権」になっていました。
唐突に顕在化した断酒の意志
「俺さ、断酒してみようと思うんだよね」10ヶ月を過ぎた頃にAさんの口から断酒の言葉が顕在化されて耳を疑いました。
大まかな理由は3つでした。
お前たち(同じ大学出身の仲良しのSW3人組)のところにいくと「酒をやめたほうがいい」みたいな話を一切してこないから安心できた。
相変わらず夜は飲んじゃうこともあるけど、日中辛くなったらお前らのところにいってたから我慢できるようになってきた。
「依存症」でなくなるとお前らとの関係がなくなりそうで怖かった
すかさず断酒会の情報提供を行なって、事前に根回しをしていた断酒会の会長に引き継ぐことに成功しました。
Aさんは「生きづらさ」を吐き出すコミュニティが私たちSWから断酒会へシフトされました。
それ以来、Aさんにはしばらく会っていませんが救急搬送はありません。
事例の考察
効果的と感じた手段を3つ解説します。
10ヶ月程度支援した統計のため、ある程度信憑性もあります。
アルコールの話は一切しなかった
精神科や内科には定期的に受診されていました。
Aさんの周りがアルコールについてとやかく指摘するのはわかっていたため、あえて話すことはありませんでした。
SWがわざわざアルコールに関して言及しなくても、別の機関でアルコールについての指摘がされると考え、SWは「困ったことがあるか」「嬉しいことはあったか」など別の切り口でコミュニケーションを取りました。
Aさんの「病気」ではなく「人間像」にアプローチした
システム理論の「人と環境の相互作用」に基づいてAさんの人間性や生活環境についてアセスメントしました。
面接は一貫して「Aさんを知ろうとする姿勢」を貫きました。笑顔や相槌は通常の1.5倍増しでした。
社会生活から阻害されかけていたAさんには大袈裟くらいが効果的だったと考えています。
強固な連携体制
急性期病院、精神科病院、行政といった「横の連携」が重要であることは明確ですが、実践できる地域は多くありません。
Aさんのケースは、同じ目標をもった3人のSWが「モチベーションを高く保ち続けた」ため、Aさんを断酒会につなげることができたと考えています。
事例では「同じ大学出身の仲良しのSW3人組」という「長年の友情関係」が強固な連携体制を築き上げました。
強固な連携体制の構築は、潜在化されたニーズ(フェルトニーズ)、顕在化されたニーズ(ノーマティブニーズ)の双方に対して効果的であることを改めて体験することができました。
お知らせ
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