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その18︰万年筆 × 小説
万年筆の小説があるというので書店へ行った。
2024年9月(この原稿を書いているのは同月)に刊行された蓮見恭子『神戸北野メディコ・ペンナ 万年筆のお悩み承ります 』(ポプラ文庫)という作品。もしかしたら、既にお読みになられた方もいらっしゃるかもしれない。https://amzn.asia/d/4qHq0Dw
「あなたの人生が変わります 万年筆よろず相談」と謳った看板を掲げる万年筆のペン先調整と販売の専門店「メディコ・ペンナ」。ここを舞台に、万年筆の調整や購入で訪れる客たちが、万年筆はおろか人生の悩みを解決させて行く五話からなる短編集だ。
万年筆の小説ではあるが、話の軸は客たちの悲喜こもごもであり、万年筆は主要なエッセンス。でも、それで良い。使い手あっての万年筆なのだから。万年筆に彩られた生活の中で、皆さんもそうであろう、人はそれぞれの葛藤を抱えているはずだ。
主人公は、「メディコ・ペンナ」でバイトをすることになる女子大生。店主との出会い、客との出会いで人生が少しずつ動いて行く。近年のポプラ社の作品は、文具店や珈琲店などの店舗ものによるこうしたハートウォーミングな作品が多い。若い読者層を狙ったキャッチーさがあるだろうから主人公も当然若い。万年筆好きなおじさんが読み出すと付いて行けるか不安にもなった。
しかし、そんな不安は問題ではない。作中に登場する万年筆や万年筆についてのことで、すぐにのめり込んでしまう。作品のモデルにもなったらしい神戸のお店『Pen and Message』への取材、巻末の参考文献にもあるようにしっかり調べられて書かれている。また舞台の街である神戸の景色もしっかりと描かれていて好い。
作者の蓮見恭子さんは、2010年に『女騎手』で第30回横溝正史ミステリ大賞の優秀賞でデビューされた作家。実力は折り紙付きで、物語は上手く練られており、一気に読ませてしまう。本作はミステリー小説ではないものの、読後には万年筆をつい愛でたくさせる魔法にかかる。そして物語を共に歩む主人公が迎える結末にも爽やかな風が吹き、読後感が一層心地良い。
担当編集者も出版社より文具メーカーに就職したかったという文具好きな方だそうで、拍車を掛けて熱意の込められた作品なのだ。万年筆好きな方に手に取ってもらえたら、こうして書いてる私も嬉しい。
万年筆好きには有名過ぎて、当たり前のように知ってるメーカー名、万年筆の種類がいくつも登場する度、何故か安心するというか、テンションが上がる。万年筆の知識も改めて確認させてくれるので、まるで同好の士と出会ったかのような感じだろう。それに応えてくれるクオリティであるのが、この作品への好感にも繋がっている。
この本を読み終えて閉じた時、自分の万年筆は人生を変えてくれたのだろうか?と、ついつい振り返ってしまうのもエモーショナルなところであるだろう。
ここから更に世界が広がったり、違うアプローチの作品が生まれたり、ひとつの扉が開かれたのは間違いない事実となった。
そして、この本のために36年前のPARKER100年の広告が入った角川文庫の栞を引っ張り出して挟んでみたりした。
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