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北朝鮮のウクライナ派兵が意味するもの

久しぶりに国際情勢を書きます。

先日から「北朝鮮がウクライナに派兵か」といった報道がなされていますが、

もし、本当にそうなれば、我が国の安全保障にとり重大な脅威となる恐れがあります(その理由は後述)。

1 北朝鮮の動向
18日、韓国の情報機関である国家情報院は、北朝鮮が今月、軍の特殊部隊のおよそ1,500人をロシア海軍の輸送艦を使って、ウラジオストクに移送したと明らかにしました。

移送は、北朝鮮北東部の清津威興から行われ、今月8日から13日までの間に行われたようです。

ロシア海軍の艦艇が北朝鮮の海域に入ったのは、ソ連時代だった1990年以降、初めてのことです。

ロシア輸送艦の経路
《 chosunonline.com 》

国家情報院は、最終的に12,000人規模の派兵が決まっていて、この1,500人は第1陣だったこと、そして(べラルーシでさえ躊躇していた)ウクライナ戦に「正規軍として参戦する」との見方を示しています。

【参考】2022年7月、ウクライナは、北朝鮮がドネツク・ルガンスク人民共和国を承認した直後に、北朝鮮との国交を断絶している。

2 露朝接近の経緯等
そもそも、露朝間には歴史的な経緯があります。

第二次世界大戦後、ソ連は朝鮮半島の北半分を占領し、抗日パルチザンだった金日成を送り込んで、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の建国を支援しました。

両国の関係が最も強固だったのは、スターリンの時代でした。1950年の朝鮮戦争や、1960年代のベトナム戦争でも両国は共闘しました。

近年では、昨年9月の露朝首脳会談以降、北朝鮮は軍事協力の一環として、ロシアへの武器・弾薬等の輸出を活発化させています。

翌10月、米NSCのカービー戦略広報調整官は、「北朝鮮が、ロシアにコンテナ1,000個以上の武器・弾薬を提供した」と発表しました。

北朝鮮からの武器・弾薬の輸送経路
《 White House 》

北朝鮮からの武器・弾薬は、沿海州からロシア西部に運ばれ、やがてウクライナに向けて使われるようになり、

本年1月から、ウクライナ領内に北朝鮮製のSRBM(短距離弾道ミサイル)「KN-23」が着弾するようになります。

北朝鮮製 SRBM「KN-23」
《 CNN.com, CSIS 》

更に、本年6月、ロシアと北朝鮮は有事の際の軍事援助を規定した包括的戦略パートナーシップ条約を締結。

包括的戦略パートナーシップ条約の締結
Source:CNN.com

今回の派兵は、この協定に基づくものとみられますが、米NSC報道官の談話などからも、「派兵はしても、未だ参戦はしていない」ようです。

3 北朝鮮は、本当に参戦するのか
正規軍の参戦は、国際社会から更なる批判・制裁を加えられることにもなり、北朝鮮にとって大きなリスクを伴います。

ウクライナ戦に参戦すれば、NATO加盟国のうち国交のあるイギリスやドイツなどを敵に回すことにもなるため、今のところ「SRBMの操作・整備等の軍事支援に留まっている」との見方もあります。

【参考】国家情報院は、AI顔認証技術を駆使して分析した結果、過去に金工恩総書記の視察に同行した軍のミサイル技術者が、ウクライナ東部の前線でロシア軍のミサイル発射に立ち会ったとの見方を示している。

ただ、北朝鮮は国防5か年計画の中で、軍事偵察衛星の打ち上げや原子力潜水艦を建造する目標を掲げており、何とかして、ロシアからのこれらの技術協力を得たいとの思惑があります。

《 NHK 》

4 ウクライナ戦への影響は
北朝鮮は約30万人もの特殊部隊を有しており、特殊部隊が参戦すれば「ゲームチェンジャ一」になると警戒する見方もあります。

しかし、金正恩が自分の身を護る精鋭部隊を、易々と戦地に送るかどうかは懐疑的です。

現時点では、どのような部隊編成になるかは不明ですが、少なくとも12,000人という数字は、ウクライナ軍の士気を下げる効果がありそうです。

《 Bloomberg 》

5 重大な影響を及ぼす理由
冒頭で述べた「重大な脅威」とは、北朝鮮の正規軍がウクライナ戦に参戦することではなく、むしろ、これと引き換えに北朝鮮が得るであろう、ロシアからの「見返り」のことです。

北朝鮮は、ウクライナに兵力を差し出すことで、ずっと欲しがっていた軍事偵察衛星ミサイル、或いは原子力潜水艦に関する技術を、ロシアから手に入れることが出来ます。

加えて、朝鮮半島有事となった場合、協定に基づきロシアが参戦するという「貸し」を作ることにもなります。

そして、周辺国は国防政策の見直しを迫られ、益々、国防に必要なコストを上乗せすることを余儀なくされるのです。

《 France24.com 》

6 そうなったとき、どんな影響が
(1) 朝鮮半島情勢の不安定化

韓国に対しては、憲法に「敵対国」と明記し、南北の道路を爆破するなど強硬な姿勢を示しています。

今後も、南北の緊張は更に高まると予想され、朝鮮半島で偶発的な戦闘が勃発する可能性も否定できません。

朝鮮戦争は、未だ休戦状態にあるということを忘れてはならないでしょう。国連軍地位協定によって、日本は朝鮮戦争の後方支援を行うこととされており、決して無関係ではいられないのです。

国連軍地位協定
《 Sankei, Nikkei 》

(2) パクス・アメリカーナ終焉を助長
米国は、まもなく大統領選挙を迎えます。

民主党のハリスが勝てば、引き続き、ウクライナやイスラエルを擁護する立場とり、米国の関心はアジア太平洋から離れて「欧州・中東への再リバランス」に向かうかもしれません。

一方、トランプが再選を果たせば、再びアメリカ第1主義を掲げ、同盟国には相応の軍事負担を強めてくるでしょう。

いずれにせよ、北朝鮮のウクライナ派兵は日本にとり向い風でしかなく、日本は益々、国防の自主自立を余儀なくされるのです。

《 Nikkei 》

(3) 中国の影響力が増大
その理由は、日本周辺で米国の力が弱まれば、必然的に中国の覇権拡大に向けた動きが益々強まるからです。

2021年3月の上院軍事委員会で「中国は、2027年までに台湾を侵攻する可能性がある」と証言したデービッドソン米インド太平洋軍司令官(当時)の言葉は、いよいよ現実味を帯びてきているように見受けられます。

《 ABC News 》

2022年のぺロシ米下院議長の訪台以降、

中国は、「連合利剣」と称して、度々、台湾を包囲するような形で威圧的な演習を繰り返しています。

連合利剣演習
《 Focus Taiwan 》

この演習には、空母「遼寧」も参加し、陸海空軍及びロケット軍による統合作戦が行われ、中国の報道官は「台湾独立勢力を震え上がらせる」と言って、台湾を恫喝しました。

この前後、中国海軍はロシア海軍とアジア太平洋地域の共同パトロールを実施しています。

中露共同パトロール
《 Nikkei.com ほか 》

連合利剣にタイミングを合わせる形で、中露が台湾近傍で艦隊を通過させたことは、台湾併合にロシアが関与する可能性を匂わせるものです。

今般の露朝の接近は、露中接近への布石なのかもしれません。

一方、南シナ海に目を向ければ、中国はやりたい放題です。

国際法上、フィリピンの排他的経済水域(EEZ)に所在するスカボロー礁、サビナ礁及びセカンド・トーマス礁では、フィリピン巡視船が中国海警局の船から放水を受けたり、衝突されたり、包囲されて補給を断たれる等、中国による実力行使が後を絶ちません。

フィリピンの船舶が航行不能に陥ったり、乗員が負傷する事案も生起しています。

折角、日本がフィリピンに供与した「くにがみ型」をベースにした巡視船も、中国海警局の船に体当たりされて損傷し、帰港を余儀なくされました。

これは、「フィリピンを支援するな」という日本に対する警告でもあるのです。

そもそも、「岩礁」は領土、領海、領空の根拠となる「岩」や「島」に該当せず、公海上ではどの国の主権も及ばないはずです。

【参考】国連海洋法条約(UNCLOS)では、高潮時には水面下に没する「低潮高地」は、島や岩としての地位を有するものではなく、また、それを埋め立てて人工島にしても、島としての地位を有さないとされている。

百歩譲って、これらが「岩」や「島」だったとしても、中国本土からこれだけ離れた海域が、如何なる根拠で中国のものと主張できるのでしょうか。

要するに、この世界は、未だ、「力による現状変更」がまかり通る世界なのだという現実を、私たちは再認識する必要があります。

かつて、フィリピンにはスービック海軍基地クラーク空軍基地という、米国外の基地としては最大規模の米軍基地を構えていました。 

しかし、1991年にフィリピン上院が米比基地協定の延長を否決したため、翌年、米軍はフィリピンから完全に撤退します。

その結果、南シナ海には「力の空白」が生まれ、中国の「力による現状変更」を呼び込むことになったのです。

7 世界はどこへ向かうのか
ほんの数年前まで、大きな戦争のない比較的に平和な時代が続いていました。

しかし、ロシアがウクライナに侵攻し、ハマスがイスラエル人を拉致した時点で、その幻想は、儚くも崩れ去りました。

今、各地で起きている戦争の本質を突き詰めれば、戦後、米国のスーパーパワーの下で形成された「既存の国際秩序」を希求する者と、これを快く思わない者の間で起きている代理戦争なのでしょう。

【参考】代理戦争とは、元々、冷戦時代に出来た言葉で、衛星国を戦わせることで、超大国による核の全面戦争を回避しようとする概念である。

今後も、この「既存の国際秩序」を堅持していくのか。

それとも、

日本人学校の児童が殺害されたとき、「どこ国でもある」などと信じがたい言葉を放つ国が覇者となる世界に、私たちの子孫が取り込まれていくのを黙って見過ごすのか。
 
日本は今、その分岐点に差し掛かっているのです。

まとめ 〜
北朝鮮のウクライナ派兵が意味するもの

● 北朝鮮が、ロシアからウクライナ派兵の見返りを得ること
● そのことが、中国の覇権主義的行動を、益々、助長すること
● そして、代理戦争がより広範囲に拡散する布石になり兼ねないこと

間もなく衆院選を迎えますが、

防衛力強化については、こうした厳しい国際情勢を踏まえ、現実的かつ具体的な施策を取ることが必要不可欠だと思います。

また、「力の空白」を作らないように、引き続き、米軍を日本に引き留めるとともに、石破さんが提唱する「アジア版NATO」とまでは言いませんが、米国以外の有志国とも防衛力を発展させるような枠組みの構築が急務です。

そして、もし、この大事な時に政権交代が起これば、それまで積み上げてきた「外交・防衛上のパイプや信頼関係がリセットされる」という大きな代償を支払うことになるということを、私たちは、あらためて認識しておく必要があるのかもしれません。