在外勤務で学んだこと(第2回)
第1回では、外務省や在外公館について概説した上で、私は「警備対策官」兼「領事」として勤務したとお話ししました。
第2回となる今回は、領事関係のうち、日本人に対する各種行政サービスの提供と、日本に渡航する外国人への査証発給業務について概説します。
1 領事制度の歴史
そもそも領事とは、外国において自国民に対し民事・刑事の裁判権を行使するために発生した制度で、幕末に日本が欧米列強と締結した条約では、欧米諸国に治外法権としての「領事裁判権」が認められ、日本で罪を犯した外国人は日本の司法当局ではなく、その国の在外公館の領事が行っていました。
その後、不平等条約の解消とともに領事裁判権も衰退し、領事の役割は本国との通商促進や自国民の保護、各種行政サービスの提供などが主な役割となっていったのです。
2 領事関係の業務
具体的には、戸籍・国籍、在留届、旅券、証明、子女教育、在外選挙、司法共助等、「日本人への行政サービス」に係る業務(注1) や、日本への渡航を希望する「外国人に対する査証発給」業務、加えて、治安情報に基づく現地日本人に対する「安全情報の提供」や「事件・事故被害者に対する援護業務」、並びに大規模災害・騒乱・紛争等「緊急事態発生時の自国民保護活動」など、その業務は広範多岐にわたっています。
(注1) 行政機関の窓口業務には、出生・婚姻・死亡・在留など法律で届け出ることが義務付けられている「届出」と、個人や団体の必要から在留・署名・翻訳などの証明書や旅券の発行等を依頼(一定の手数料が発生)する「申請」の、大きく分けて二種類がある
(1) 戸籍・国籍(Family Register and Nationality)
戸籍や国籍は、日本という国家に属する一員として定められた義務を果たす一方で、国家からの様々な恩恵・庇護を享受するための基盤であると同時に、「私は日本人である」という国際人としてのアイデンティティの拠り所でもあります。
「日本人」(Japanese National)とは、すなわち日本の国籍(Nationality)を有する人を意味しますが、「日系人」(Japanese Origin)と言えば、外国籍で日本人の血筋を有する人を指します。
したがって、見た目は外国人でも日本の国籍を有していれば「日本人」であり、血筋は日本人であっても外国籍を有していれば「日系○○人」ということになります。
そして、生地主義(後述) をとる国で日本国籍の親から生まれた子が国籍選択を留保(後述)して重国籍となっている場合等を除き、国籍はひとつであることが基本原則です(国籍唯一の原則)。
また、一定の条件下で「帰化」(Naturalization)することによって国籍は変えることができます(国籍自由の原則)。
米国ではグリーン・カードとも呼ばれる「永住権」(The right of permanent residence)は国籍とは関係なく、外国人がその国で永年に渡り居住できる権利を意味します(ただし、参政権、公務就任権、土地所有権等、その国で享受できる権利は内国人と比べ制限されたものになる)。
似たような言葉で「市民権」(Citizenship)という言葉もあります。多民族国家では国籍と同じ意味で使われることもありますが、国籍と区別して用いる場合は単に参政権を意味することが多いようです。
なお、海外に渡航する日本人は、旅行者や出張者、駐在員など、渡航目的や滞在期間などは様々です。こうした日本人は概ね下表のように区分されています。
海外における戸籍・国籍関係の窓口が在外公館の領事部です。そして、日本国内と同様に、①出生・死亡、②婚姻・離婚、③帰化などにより戸籍・国籍の取得・喪失又は変更があった場合は、速やかに戸籍法や国籍法の定めにより在外公館に届け出る必要があります。
出生による国籍の取得には、どの国で生まれようとも親と同じ国籍を子が取得する「血統主義」に基づく場合と、親の国籍に関わらず生まれた場所の国籍を子が取得する「生地主義」に基づく場合の、二通りがあります。
(注2) 一般に、日本、中国、韓国、イタリアのように殆ど単一民族だったり国策として民族の均一化を進めている国では血統主義が主流で、米国、英国、カナダ、ブラジル、豪州等、移民を多く受け入れてきた民族混在の国では生地主義が主流となっている
したがって、例えば日本人が米国で子供を産むと、先述の「国籍唯一の原則」からすれば、子は日本国籍か米国籍のいずれかを選択することになります。
しかし、子の意向を確認することなく国籍が決められてしまうことの弊害を考慮し、日本の国籍法では、親が子の出生を届け出る際に子の日本国籍を留保することで、子が22歳になるまでにいずれかの国籍を選択できる十分な期間を担保しています。
【参考】戸籍・国籍に係る豆知識
○ これらの届出は、すべて外務省を経由して日本の役場等に送られる
○ 在外公館が原本を補完する必要から、海外では届出を2通作成の要
○ 出生届は、海外では生後3か月以内に届出なければならない
○ 日本の役場ではなく、在外公館が受理した日が届出日となる
○ 3か月以内に在外公館に出生届が受理され、国籍留保の意思を示さないと、日本国籍を取得できないことになり注意が必要
○ 現地発行の出生証明書等、原本が1通しかない書類については、在外公館は「原本還付」の手続きをとることで対応できる
(2) 在留届(ORR:Overseas Residential Registration)
このうち、3か月以上、海外に居を構えることを前提としている在留邦人には、旅券法第16条により在外公館に「在留届」を提出することが義務付けられています。
(注3) 在留届はORR netからオンラインでの届出も可能で、届出の義務がない短期滞在者についても、たびレジへのオンライン登録が推奨されている
この在留届は、国内でいうところの「転入届」であり、現地当局・団体等に提出する「在留証明」(海外における住民票)の根拠になるものです。
加えて、日本の官憲による保護が及ばない海外においては、緊急事態発生時に在外公館がこの在留届をベースに所在地や連絡先などを把握し保護活動を行いますので、そのような意味でも、必ず届け出るようにしましょう。
(3) 旅券(Passport)
旅券は、日本国内では各都道府県で申請しますが、日本国外では在外公館の領事部が旅券事務を担当します。
これらのほか、海外で旅券の紛失や盗難に遭った場合や、有効期間が切れてしまった場合等、緊急措置として発給する「緊急旅券」と呼ばれるものがあります(券面には「EMERGENCY PASSPORT」と記載)。
なお、旅券は単に国籍や人定事項を証明するのみならず、海外での安全な旅行と保護扶助を国が要請する重要な公的文書(注4) でもあります。
(注4) 日本国旅券の保護要請文
「日本国民である本旅券の所待人を通路故障なく旅行させ、かつ、同人に必要な保護扶助を与えられるよう、関係の諸官に要請する。日本国外務大臣」
"The Minister for Foreign Affairs of Japan requests all those whom it may concern to allow the bearer, a Japanese national, to pass freely and without hindrance and, in case of need, to afford him or her very possible aid and protection."
旅券はあたかも「自分のもの」のように扱われがちですが、本来、パスポートを持っている人は、所有者(Owner)ではなく所持者(Bearer)なので、旅券は「自分のもの」ではなくて「国のものを持たされている」ということになります(有効期間満了後は返納することが原則)。
【参考】旅券に係る豆知識
○ 申請資格者は日本国籍保有者であり、乳幼児から高齢者に至るまで年齢制限はない
○ ただし、新生児は出生届が受理されている必要
○ 未成年者の名が親の旅券に併記された時代もあったが、現在は1人1冊が原則(一般旅券と外交/公用旅券の混用も禁止)
○ 国によっては外国人に旅券携行の義務がある(実際には四六時中持ち歩くことは難しいので、顔写真の頁のコピーを携行すると良い)
○ 旅券制度やデザインに変更があった場合は、在外公館がサンプル冊子を添えて口上書(Verbal Note)にて、その国の政府に通報(逆もまた然り)
○ 査証欄の増補は1回まで(増補欄も一杯になった時は旅券の切替が必要)
○ 在外公館で旅券を申請する場合、日本から戸籍謄本の取り寄せが必要
○ ただし、2回目からは現有旅券が有効期間内で戸籍記載事項に変更がなければ戸籍謄本の提出を省略可
○ 戸籍謄本にはフリガナがないことから、氏名のアルファベット表記について疑義がある場合は追加資料の提示を求められることも
(4) 証明(Certificate)
在外公館では、その国に滞在する日本人が仕事や生活をする上で必要となる証明書を発行しています。ただし、証明できることは、下表のような「在外公館として確認できる事実のみ」です(外務省ホームページ参照)。
申請者は日本人とは限らず、本邦在住歴のある外国人や日本人との間に身分事項(婚姻・出産)が成立している(又は、したことのある)外国人の場合もあります。
提出先がその国の個人・組織の場合は現地語で、日本の個人・団体の場合は日本語で作成します。
ただし、日本語でのみでしか発行できない証明の現地語版が必要な場合は、当該証明書の翻訳証明で対応します(訳文は在外公館ではなく申請者自ら又は代理人等が作成し、領事が翻訳内容に相違ないことを証明する)。
また、領事には「代理署名権者」として、在外公館長に代わり公文書に署名できる権限が付与されています(領事の署名雛形は予め外務省に登録)。
なお、どうしても証明できないものについては、自由書式の「領事レター」で口添えすることもあります。
実際、在外公館の公文書は威力を発揮することも多く、レターの書きぶり如何によっては問題が解決に結びつくこともあります。そういった意味では、領事には現地語で書いて説得する力が求められます。
(5) 子女教育(Compulsory Education Overseas)
「治安・医療・教育は三大関心事」と言われるくらい、今日でも日本型教育機会の存否は、現地日本人社会にとって極めて重要なものとなっています。下表は在外教育施設の種類を表したものです。
数十年前まで「大使館立」という公立の学校が存在していたようですが、現在は、専ら在留邦人の自助努力によって運営される「私立学校」のみとなっています。
特に、在留邦人数が少ない国では、学校は単に子供の教育の場であるに留まらず、現地の日本人会とも運命共同体のようになっている場合も多く、学校が廃校になれば日本人会も存在意義を無くして、現地邦人社会そのものが結束力を失い兼ねません。
そこで、日本国外という特殊な環境下で様々な影響を受けやすい学校の運営を支援するため、在外公館の領事部が次のような援助を行っています。
○ その国の教育政策や、所在する現地校・国際校に関する情報収集
○ 管内に在住する日本人子女、特に義務教育世代の就学状況を把握し日本の教科書を無償で配布
○ 必要に応じ、在外教育施設への文科省教員の派遣
○ 校舎借料や学校安全対策費の補助
○ 現地採用講師への謝金援助
また、役員として積極的に学校運営に関わるとともに、学校の安全確保、生徒の避難訓練、校舎の移転、運営経費の遣り繰り、派遣教員・現地採用講師の就労許可取得、学校法人の登録、警備員の雇用契約等、個別の事情に応じて様々な取り組みを行っています。
(6) 在外選挙(Overseas Voting)
海外に住んでいる人が、外国にいながら国政選挙に投票できる制度を「在外選挙制度」といい、これによる投票を「在外投票」といいます。
在外投票ができるのは、日本国籍を持つ18歳以上の有権者で、在外選挙人名簿に登録され、在外選挙人証を持っている人です。
2000年5月から在外投票が可能になって以降、在外公館が選挙管理委員会との間に立って選挙人登録事務を行っていますが、登録者数及び投票率の向上にはなかなか苦慮しているようです。
ちなみに、2019年7月の第25回参議院議員通常選挙における有権者数は1億588万6063人で投票率は48.8%でしたが、在外の有権者数は100万人を超えるにも関わらず在外選挙人名簿への登録者数はわずか100,551人で、投票率は20%程度でした(国政選挙を左右する勢力としては微々たるもの)。
(7) 査証(VISA)
査証については、以前、「廉直高潔の士・杉原千畝」の冒頭でも触れましたが、再度、査証の基礎知識からお話ししたいと思います。
2021年1月に行った最新の調査結果では、日本はビザなし渡航が可能な国・地域が191で世界第1で、日本のパスポートは最強と報じられました。
言い換えると、日本国旅券所持者(=日本人)に対するクレディビリティ(信頼性)は世界最高位であり、日本人の来訪は自国経済・文化・技術などの発展に好ましく、また滞在中に問題を起こす可能性も低いので査証を免除できると判断した国・地域が191もあるということです(逆に日本にビザなし渡航ができる国・地域は僅か68に留まっており、査証関係では相互主義という考え方はなじまない)
昔、国家間の人の往来が少なかった頃は、国境の出入りは比較的に自由でした。交易路の発達に伴い国境などに関所が設けられ、更に輸送手段の発達で人の往来が増えると、次第に国境の関所だけでは対応が難しくなってきます。
そこで、出発前に現地で身元確認を行わせることで、問題ある人物を前もって「ふるいにかける」しくみを作ったのです(査証は、いわば入国ゲートまでの推薦状(Endorsement)であり、最終的に入国管理局が発行する入国・滞在許可(Entry Pass, Residence Permit等)ではない)。
近代以降、その仕事を在外公館が担っています。日本の場合、入国管理制度との整合を図る必要から入国管理局を擁する法務省が査証の制度を作り、その制度に基づいて在外公館の領事部が査証の実務を行います。
現在の査証はコンピュータで管理され、機械印刷されたシールを査証欄に貼付することで交付します。万一、印刷機が故障した場合も、代替手段として定型化された査証スタンプを使用できます。
日本の在外公館には、日本に渡航しようとする多くの外国人が査証申請に訪れます。諸外国、特に発展途上国からみれば日本は自由で裕福な国と映るので、申請人の中には、少なからず邪な目的や動機で渡航しようとする者が紛れています。
具体的には、本国の安全を脅かす国際テロリスト、窃盗・誘拐・人身取引(注5) ・武器麻薬密売目的の犯罪集団、本国民の雇用環境にも悪影響を及ぼし兼ねない不法就労(注6) 目的の渡航者、国際偽装結婚(注7) 等を目論む者など、いろんなことが考えられます。
(注5) 人身取引(Human Trafficking)とは、金儲けの話などを持ち掛けられて騙された人が目的を偽って外国に渡航し、渡航先の仲介者によって安い賃金・劣悪な生活環境で過酷な労働(ショー・ビジネス、風俗、賭博、薬物売買、長時間の肉体労働等)を強いられ、或いは臓器売買の被害者になるなど、人身そのものが不当な金儲けに利用されること
(注6) 不法就労(Illegal work)とは、外国で当局に無許可で就労して一定のサラリーを得る行為(一時的な謝礼金等は該当しない)であり、外国人就労を野放しにすると国内就職率等に影響する恐れがあることから、どの国も外国人の就労には一定の制約を課している
(注7) 日本では「日本人の配偶者」としての在留資格が認定されれば、就労も含めて日本国内での活動に制約がなくなることから、これを狙って偽装結婚を目論む輩が後を絶たない(国際結婚の婚姻届を受理する場合も、このような観点が必要)
万一、査証申請人の誰かが日本で爆弾テロでも起こしたらどうなるでしょうか。査証官は一体どんな審査をしたのかと問われることになるでしょう。
上段で問題ある人物を前もって「ふるいにかける」と申しましたが、在外公館領事部における平素の査証審査が、「日本の繁栄と安全」にもつながっているのです。
【参考】査証に係る豆知識
○ 外国人の出入国管理は法務省の専管事項だが、査証は外務省の専管事項
○ 空港・港湾等が最後の関所ならば、在外公館での査証審査は最初の関所
○ 査証の性格は、裏書き又は推薦状(Endorsement)であり、必ずしも日本への入国を保証するものではない
○ 査証は滞在許可を得るための要件のひとつなので、滞在の根拠は査証(VISA)ではなく許可証(Pass, Permit)にある
○ ひとつの有効な旅券に、ひとつの有効な査証が原則
○ 旅券が失効すれば査証も失効する
○ 旅券の種類と査証の種類は必ずしも一致しない(公務員によるサイド・ビジネスを認めている国もある)
○ "Length of Stay"は「滞在期間」(査証官が推奨する滞在可能日数)を意味
○ "Date of Expiry"は「有効期限」(この日までに渡航しなければ査証が失効するという日付)を意味
○ 二国間協定又は我が国の一方的措置がある場合、概ね90日以内の滞在に限り査証の取得が免除(Exemption)される
○ 申請は原則として申請人の本国において行うもので、原則として本人の出頭を要す(一定の条件下で代理申請は可能)
○ ただし、合法的に滞在している事実が確認できれば居住国でも申請可能
以上、領事関係のうち、日本人に対する各種行政サービスの提供と、日本に渡航する外国人への査証発給業務について概説しました。
次回、第3回では治安情報に基づく安全情報の提供や事件・事故被害者に対する援護業務、並びに大規模災害・騒乱・紛争等の緊急事態発生時の自国民保護活動等、「海外における公安系のお仕事」についてお話していきます。