ホロコースト否定論への反論入門(3)
2.ガス室問題
2.1 ガス室の基礎知識
ガス室の問題に入る前に、前回書き忘れたことがあるのでお伝えしておきます。もし仮に、私が今まで量産してきた記事の中から何かの情報を知りたいと思ったら、googleのサイト検索を使ってください。以下のように検索窓に入力します。例えば検索したい言葉を、Leichenkellerだとすると以下のようになります。
Leichenkeller site:https://note.com/ms2400/n/
当然普通のGoogle検索のように、複数ワードなども可能です。
ガス室って何?
さて、ガス室とはそもそも一体なんでしょうか? もちろん、ホロコーストのガス室を指しますが、ホロコースト議論に関わっていると、いわゆるロイヒターレポート関連で登場した、アメリカの死刑に用いられるガス室なども登場します。
ニューメキシコ州刑務所に設置された殺人ガス室
ガス室の定義は簡単です
ガス室:密閉された室内に、特定のガスを排出する目的で設置された部屋。
あれ? と思う人がいるかも知れませんね。「毒ガス」ではなく「ガス」ですし、処刑されるべき人も書いていません。一般的には、ガス室と言えば、ホロコーストのものを意味することがほとんどなのですし、人の処刑用以外で出てくるのは動物用のものくらいですから、別に「毒ガス」にしてもいいのですけど、ホロコースト議論では、他に害虫駆除室もガス室と呼ばれることがあるので、上のような定義にしたのです。つまり、ホロコースト問題で言われるガス室には、分け方は色々あると思いますが、大きく分けて四つあります。
■アウシュヴィッツ収容所などいわゆる強制収容所や絶滅収容所にあったとされる建物の一部としての固定式ガス室。これらも絶滅収容所のものとそれ以外の強制収容所のものとは区別される。
アウシュビッツ博物館にあるクレマトリウムⅡのガス室モデル
■T4作戦で用いられた、シャワー室を改良して作られたハダマー、ゾンネンシュタイン、ベレンブルグ、ハルトハイム、ブランデンブルグ、ベレンブルグの六箇所にあったガス室。
ベレンブルグ安楽死施設のガス室
■主として、アインザッツグルッペンが使ったとされる移動式ガス室。一般にはガス車、ガスバン、ガスワーゲンなどと呼ばれる。エンジンの排気ガスを車体の後方にある荷室(処刑されるべき人が乗せられる)に導入し、殺害を行うものである。
ヘウムノ絶滅収容所で用いられたとされるガス車
■殺人以外の目的である害虫駆除用のガス室。代表的には、アウシュヴィッツで殺人用に用いられたとされるシアン化ガス発生剤としてのチクロンBの本来の目的である害虫・害獣駆除目的のガス室が当てはまるが、これを区分する意味は二つあって、一つは今述べたようにチクロンBという殺人にも使われた同じ薬剤を使用することと、もう一つはガス処理をするという意味で用いられるドイツ語「Vergasung」というタームが害虫駆除のガス処理を意味することがあるからである。害虫駆除室はチクロンBだけではないのがちょっとややこしいかもしれない。例えば下記写真は蒸気駆除の害虫駆除ガス室(Disinfestation Gas Chamber)である。
アウシュヴィッツ・ビルケナウのセントラルサウナと呼ばれる場所にあった、衣類用熱気駆除ガス室
基本的には、上の三つを覚えておけばいいのですが、ややこしい議論になると、この害虫駆除ガス室が登場します。あり得ない話ではあるのですが、例えばビルケナウのクレマトリウムⅡやⅢの殺人ガス室を、「あそこは害虫駆除室だ!」だなんて話を聞くこともあるかと思われますが、何故かというと、その部屋を「Vergasungskeller」と呼ぶ親衛隊の内部文書があったりするからです。
では、ガスの種類はどうでしょうか。これはもう、基本的に二つしかありませんが、おそらくかなり沢山の人が一種類(シアン化ガス)しかないと思っているようです。
●チクロンBから発生するシアン化ガス(青酸ガス)
ホロコースト議論で扱う、アウシュヴィッツ収容所での毒ガスの元は以下のようなものであり、チクロンB(Zycron-B)は珪藻土が素材のペレットにシアン化成分を含ませたもので、通常はチクロン使用がはっきりわかる特徴的な臭気を発生する警告剤も含まれている。缶に入っており、これを開けて空気に触れるとシアン化ガスが発生する。詳しい説明については、チクロンBの特徴自体が議論の元になっているので、ここでは省く。
●一酸化炭素ガス
T4作戦では金属製フラスコの容器かボトルのようなものを用いたようで、その中に一酸化炭素ガスが入っていたようである。これをガス室内に散布するため、シャワーの配管に接続し一酸化炭素ガスをガス室内に導入した。アウシュヴィッツ以外の絶滅収容所のガス室では、ほとんどのガス室でガソリンエンジンを用いてその排出ガス中に含まれる一酸化炭素ガスを利用して殺害を行なったとされる(マイダネクのみ両方を使ったとされる)。ガス車も同様である。現在の定説では、青酸ガスよりもこの一酸化炭素ガスの死者数の方がはるかに多いとされている。
他にも、一部でホスゲンという名の毒ガスが使われただとか、そうした情報もちらっと耳にしておりますが、詳しいこと全く知りません。
ガス室はどこにあったの?
これもよく否定論が出される話です。例えば、これなどは代表的です。
で、ドイツにもガス室はあったし、ポーランドにしか絶滅収容所がないのはこれに書いてる内容でいいと思うのですが、ここでは否定論への反論ではなく、上記は割とよくある否定説の一つなので、しっかり覚えておいてほしいということです。
アウシュヴィッツは有名だから情報に溢れておりますが、それ以外の絶滅収容所や他の収容所にあるガス室については、ネットにもあまり情報がありません。特に日本語サイトは全滅に近い状況で、確かにWikipediaにはそれなりに情報は記述されておりますが、より詳しい情報になると、ネット上であれば海外サイトを当たるしかないようなのです。ちなみ私は今現在、アウシュヴィッツ以外の収容所のことは大して知らないのです(アウシュヴィッツだってよく知ってるだなんてとても言えません)。トレブリンカとヘウムノだけは翻訳記事を作ったりして少しだけ学びましたが、それでも少しだけです。
具体的なそれらの収容所の内容については私には手の余る話なので、ご自身で調べていただくとして、覚えておいて欲しいのは、以下のような内容です。
■強制収容所
ヒトラー・ナチスが政権獲得後、ダッハウ強制収容所を最初として、主に収容を目的とした収容所のことであり、絶滅政策とはほぼ無関係と言っていい。が、上のリンク先説明にもあるとおり、ガス室がなかったわけではない。ガス室があったところとなかったところがある。
■絶滅収容所
1941年6月22日のバルバロッサ作戦以降に始まったと考えられる、ユダヤ人問題の最終解決を目的とし、その手段として作られたユダヤ人殺戮施設であって、収容施設の労働者の確保以外の目的では収容はしない。当然のことながら、全てガス室があったとされる。
■強制・絶滅収容所
強制収容も行いつつ、ガス室を用いた大量殺戮も行える収容所。アウシュビッツは、基本的にはアウシュヴィッツⅡと呼ばれる、ビルケナウが絶滅収容所となる。もう一箇所、マイダネクも強制・絶滅収容所であるが、マイダネク収容所で殺害されたユダヤ人は数万人というのが現在の定説らしく、2000年に機密解除されてイギリスの公文書舘から発見されたいわゆるヘフレ電報でも、1942年末の時点でマイダネクは他の絶滅収容所よりも著しく虐殺数が低く25,000人程度しか記録されていない。従って、絶滅収容所の一つではあっても、アウシュヴィッツと同レベルで扱うことには無理がある。
以上が、ほんとに大まかな基本です。そして、絶対に忘れてはならないのは、ホロコースト否定派はガス室だけは何があっても絶対に認めません。T4作戦だけは私は否定論の議論を全然知らないので、どうなってるのかよくわかりませんが、ほとんど聞いたことがありません。T4作戦にはヒトラーの命令書があるからでしょうか? それとも目的はユダヤ人だけであって。障害者は眼中にないとか?
T4作戦に関するヒトラーの命令書(Wikipediaより)
2.2 ガス室への否定論の基礎
基礎というか、とにかくどんな些細な点でもガス室を否定できる論理ならいくらでも作ってくるのが否定派です。とはいえ、代表的なものはいくつかあります。
●No Hole! No Holocaust!(穴なし!ホロコーストなし!)
誰が言い始めたんだか知りませんけど、おそらくは航空写真の捏造疑惑からスタートしてる気がします。要するに、アウシュヴィッツ・ビルケナウにあったクレマトリウム(ⅡとⅢのみ)に併設されたガス室へ、ガス剤であるチクロンBの投入するための穴が天井にあったのですが、これの穴がないと言えればホロコーストが全て嘘になるという主張です。概ねの内容はこちらの記事が詳しいかと思われます。参考リンクも入れてあるので、詳しい内容はほぼこれで足りると思います。
『否定と肯定』の実際の裁判でも、リップシュタット側証人のヴァン・ペルト教授vsアーヴィングで延々とこの議論をしていたそうですが、個人的には「そこまで議論する意味あるのかなぁ?」と思わなくもありません。裁判後に、ハリー・マザールらアンチ否定派によって現地調査で穴を見つけたりしていますけど、たとえ見つからなくとも、破壊跡ですし、結果的に実地調査では不明だったでおしまいです。不明なものに「ない」はないのです。どーせ、あったらあったで戦後の捏造と否定派は主張するだけですし。
ところで、ビルケナウのクレマトリウムⅣやⅤ、あるいはその他の収容所にガス室で、これに類した話の議論が起こることは先ずありません。というか聞いたことがありません。マイダネクのガス室はどうなってるんでしょうね? こんな穴があるそうですが、どうやらマイダネクの方は否定派によれば害虫駆除室だということらしいですので、問題外なのでしょうか? マイダネクは勉強していないので、よく知らないんですけどね。いずれ、HCサイトなどからマイダネク関連の記事を見つけて翻訳しようとは思っていますが、記事があるのは知っているのですが、予備知識の部分がすっ飛ばされているので、この記事を書いている現在保留中です。
チクロンBのペレットが囚人だらけの部屋に放たれた天井の開口部を見上げる。(こちらのサイトから)
●ロイヒターレポート、ルドルフレポート
これは、この話題に関心があるのであれば、ご承知の方も多いと思いますが、アウシュヴィッツのガス室に関して、シアン成分の残留検査を1990年くらいにツンデル裁判でのロイヒターと、別の裁判で証人になったゲルマー・ルドルフが行ったというものです。海外ではおそらく、ロイヒターレポートはほとんど却下されてると思います。
ルドルフ・レポートの方はよくわかりません。私も正直、ロイヒター・レポートの方はざっと目を通しましたが、ルドルフ・レポートはまるで読む気が起こりません。日本ではどうもルドルフ・レポートはあんまり知られてないようで、多分ですけど、ロイヒターレポートすらよく理解していないのではないかと思われます。
ロイヒターレポートはそもそも論として、調査自体が無茶苦茶な上に、ロイヒター自身が必要な学位すら持っておらず、詐欺まがいの商売をしていたことまでバレており、内容がどうであろうと、まるで信頼できないものとしか言いようがありません。
さらに、クラクフ法医学研究所という、ポーランドの公的機関においても、ロイヒターレポートの発表を検証する目的で調査を行なっており、法医学調査的には、ガス室があったことを証明されてしまっています。
ゲルマー・ルドルフはこの結果を捏造だ! と言ったらしいですが、はっきり言いまして、それは禁句です。ならば、ロイヒターやルドルフは捏造でないとでもいうのか! となってしまいます。報告されたデータが正しい測定結果なのかどうかは、究極のところは信じるしかありません。クラクフの報告書は、公的機関が行なっているのでその面では信頼性は高いと言えますが、捏造の可能性はゼロではないので、同様にルドルフやロイヒターもその可能性はゼロとは言えず、結局のところ、捏造を主張可能ならば、こうした科学的実地調査には全く意味がない、ということになってしまいます。
●ガス室の貧弱さを攻撃する
これは、ガス室のドアであるとか、換気設備の話なのですが、例えば、ドアが木製ドアなのは毒ガス防御としてはあり得ない! などと言われます。これは反論は簡単で、殺人ガス室よりも高い濃度・長時間でチクロンBを使用していたと考えられる害虫駆除室も木製ドアでした。換気設備の話も、クレマⅠについては私自身はよくわかっていませんが、ガス室の天井にあったそうですし、クレマⅡとⅢは吸排気換気装置がついていて、他ⅣとⅤ及び敷地外の農家改造ガス室であるブンカーではドアなどの開口部全開の自然換気でした。そもそも論としてゾンダーコマンドらはガスマスクを使えましたので、作業時に中毒死する危険性はなかったでしょう。
あと、とっくの昔に反論で終わっているのが、アウシュヴィッツ・クレマトリウムⅠのガス室の話で、どうしてガス室なのに、こんな貧弱なドアで、すぐ割れるガラス窓がついてるんだ! という主張もあります。私が解説するまでもなく、以下の記事でわかるかと思います。
クレマトリウムⅠに関しては、ガス室密閉ドアは戦後の再現時には再現されず、そもそもが現在は存在しませんので、クレームをつける人が単に無知なだけです。
あとはそうだな……、その木製ドアの隙間はどうなんだ? これじゃガスは漏れまくりじゃないか! アメリカのガス処刑室ではこんなに頑丈なのに! というのもありましたね。これについては、以下の記事を読むと書いてあります。
●そこはガス室じゃない!
これはもう、アウシュビッツ限定ですが、部屋自体はあったことを否定出来ないので、部屋の目的を変えてしまうというものです。例えば、以下の図面をご覧ください。
プレサック本からのコピペ引用ですが、上の図面ではぼやけて見えにくいので、図面に書いてある文字だけをプレサックはその左に抽出しているのでそれが下の一覧になります。
「LEICHENKELLER 1」とあるのがガス室の位置になります。上の図面は、ガス室として設定される前の図面になるのですが、「LEICHENKELLER 1」という呼び方は脱衣室になる「LEICHENKELLER 2」を含め、図面上では変わることはありませんでした。
どうして死体置き場(Leichenkeller)だったものが、ガス室に変わったんだ?と疑問に思われると思いますが、これはプレサックの『アウシュヴィッツ ガス室の操作と技術』を読まないことにはなかなか理解しづらいものがあります。ローバート・ヤン・ヴァン・ペルト教授の出してる本の日本語版があったら最高かもしれないのですけど、それも無いので日本人には非常に理解が難しいと思います。ネットに公開されているプレサック本をちまちま翻訳の勉強を兼ねて翻訳していたのですが、あまりに大変すぎて挫折しました。
また追々この問題は別で解説しようかなと考えていますが、ともかく、クレマトリウムⅠの方も含めて、ガス室だったとされるところは、最初はガス室ではなかった、というのが話の肝になります。クレマトリウムⅣとⅤはよく知りません。何せ翻訳を挫折してしまったので読んでないのです。しかしながら、この「最初はガス室ではなかった」ということが全然知られておらず、ホロコーストに無知な人が否定論に傾倒してしまう要因の一つにもなっているようです。なぜなら、否定論に傾倒してしまう大半の人が、絶滅計画というものが具体的にはっきりあって、その計画に基づいてガス室が設計され―のように思っているからです。最初から絶滅目的なのはアウシュビッツ以外の絶滅収容所です(マイダネクはよく知りません)。アウシュヴィッツは言うなれば、絶滅収容所に流用された、と言えます。
●その他
フォーリソンは、ルドルフ・ヘスの自伝に、遺体処理に当たったゾンダーコマンドがガス室の側で食べ物を食べていたりタバコを吸っていたりする、という記述に難癖をつけ、青酸ガスは引火性があるからそんなことをするはずがない、と言いました。この程度は、調べれば簡単なので反論はお任せします。ただ、この話は、ヘスの自伝だけじゃなく、ゾンダーコマンド自身の証言にあったような気がするのですが、忘れてしまいました。でも、どうしてゾンダーコマンドがそんなことが出来たかというと、推定ですけど、ユダヤ人達が脱衣室で脱いだ服の中にタバコや食べ物があったのではないかと考えられます。これらの衣類を集めるのもゾンダーコマンドの仕事でしたから。タバコは収容所内でのある種の通貨のように流通していたというような話も聞いたことがあります。
探せばもっと色々あるかとは思いますが、代表例はそんなところかと思います。
以上、ガス室に関する基礎でした。次回は、火葬場の話をする予定です。
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