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人間なら動物にはないこの力を磨くべし

はじめに


私たちの日常生活の中で、「本質直観」という能力がいかに重要であるかを、ある朝の出来事から考えさせられました。この記事では、本質直観の概念、その人間特有の能力としての側面、そして私たちの生活や社会にどのような影響を与えているかについて探っていきます。


本質直観とは何か


本質直観とは、物事の本質を瞬時に直観する能力のことです。簡単に言えば、目の前にあるものが何であるかを即座に把握することです。例えば:

- りんごを見たとき、それが「りんご」であると即座に認識できる
- 危険な状況を一目で判断し、適切な行動をとれる
- 複雑な問題の核心を素早く見抜くことができる

この能力は、私たちの日常生活や意思決定において非常に重要な役割を果たしています。


動物と人間の違い:ある朝の発見


ある朝の散歩中、路上でポッサムの死骸を見つけました。おそらく車にひかれたのでしょう。この出来事は、人間と動物の本質直観力の違いを考えるきっかけとなりました。

なぜポッサムは車を避けられなかったのでしょうか?人間であれば、走っている車を目撃したら、その危険性を即座に知覚し、(時間的余裕があれば)回避行動をとるはずです。これは、人間が持つ本質直観の力によるものです。

同様の事故は、ガマガエル、トカゲ、コアラ、カンガルー、犬、猫など、様々な動物で起こっています。これらの事故は、動物たちに本質直観の力が欠けていることを示唆しているのかもしれません。


人間社会における本質直観の課題


しかし、人間社会に目を向けると、人間であっても必ずしも本質直観がうまく機能しているとは言えない場面も多々あるようです。

例えば:

- 戦争やテロ
- 環境問題
- いじめ

これらの問題は、人間に対する本質的な理解が不足していることを示しているのではないでしょうか。


人間存在の本質:死の認識


人間の本質を完全に定義することは難しいですが、哲学者ハイデガーの考えを参考にすると、「死」が人間存在の本質を構成する重要な要素の一つであると考えられます。

全ての人間に共通する事実として:

1. 誰もがいつかは必ず死ぬ
2. 死は私たちの人生や日常生活に大きな影響を与える

この共通認識を持つことで、私たちの行動や思考に変化が生まれる可能性があります。


本質直観力を活かした生き方


「自分も、他人も、いつか必ず死ぬ。それは今日かもしれないし、明日かもしれない。何年か先かもしれない。」

この認識を持つことで、私たちは:

- 限られた時間を無駄にしない
- 自他の命をより意味のあるものとして大切にする
- 日々の生活や人間関係をより豊かなものにする

ことができるのではないでしょうか。


人間の本質直観から逃げている人々


しかし、一方で、「私もあなたも死ぬ存在であるだから無駄な時間を過ごしたり、無意味な争い事をしないで、今この瞬間を精一杯前向きにいきましょう」と言う考え方を受け入れられない人がいることも事実でしょう。

ハイデガーの「世人」と言う概念を借りると、人間の大半の存在様式は、死の自覚を避け、自分の存在の意味を深く問うことから遠ざかっているようです。それは意識的な場合もあるでしょうし、無意識な場合もあるでしょう。彼ら彼女らは日常的な活動や社会的規範に埋没し「みんながそうしているから」と言う理由で行動を正当化し、安心を求め続けます。

彼ら彼女らが正しいとか、間違っていると言うことではなく、人間の中には死と言う本質契機があるとしても、それを受け入れられない人も一定数いると言うわけです。だとするならば、死以外の人間の本質契機を見出して、それをもとにいかに生きるかを検討していく方向性も考えなければならないでしょう。


結論


本質直観力は、人間が持つ特別な能力です。この能力を磨き、適切に使うことで、個人の生活の質を向上させるだけでなく、社会全体の問題解決にも貢献できる可能性があります。

日々の生活の中で、物事の本質を見抜く努力をし、その洞察を活かして行動することで、より充実した人生を送ることができるでしょう。同時に、他者や社会全体に対する理解を深め、より良い世界の実現に向けて貢献することができるはずです。

本質直観力を磨くことは、単なる個人の能力向上にとどまらず、人類全体の発展に寄与する可能性を秘めているのです。



野中恒宏

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