「本当の自分」はイデオロギーだった!
はじめに
内田樹他著「新しい戦前」は、現代日本社会の諸相を鋭く分析し、戦前との類似性を指摘する刺激的な一冊です。本書は、私たちの日常に潜む問題点を浮き彫りにし、深い洞察を提供しています。
空間の商品化と個性の喪失
公共空間の変質
本書で最も印象的だったのは、空間の商品化に関する指摘です。神宮の再開発に代表されるように、かつては誰もが自由に利用できた公共空間が、経済的価値を優先する場所へと変貌しつつあります。これにより、お金を持たない人々が無料で休養できる場所が激減し、休憩することさえも経済力のある人々の特権となりつつある現状は、深刻な社会問題だと感じました。
均質化する都市空間
また、都市空間の均質化も見過ごせない問題です。個性豊かな街並みが失われ、どの街も同じような景観になっていく傾向は、文化的多様性の喪失につながると危惧されます。この指摘は、私たちの生活環境の質について再考を促すものでした。
「本当の自分」という神話
アメリカ発のイデオロギー
「本当の自分」に基づいて成長するという考え方が、実はアメリカから輸入されたイデオロギーに過ぎないという指摘は、非常に興味深いものでした。私たちが無意識に受け入れている価値観の源泉を問い直す必要性を感じました。
成長の多様性
著者が提示する仏教的な成長観、すなわち修行を通じて全く異なる存在になるという考え方は、固定的な自己像にとらわれない柔軟な成長の可能性を示唆しています。この視点は、現代社会における自己実現の在り方に新たな示唆を与えるものだと思います。
キャラ設定の弊害
特に印象的だったのは、青少年期におけるキャラ設定の問題です。急激に変化する時期に一つの固定されたキャラクターを演じ続けることの苦痛は、想像以上に大きいものだと気づかされました。学校社会でのキャラ変更の困難さは、若者たちの可能性を不当に制限している可能性があり、教育現場での柔軟な対応の必要性を感じました。
日本社会の幼稚化
教育の矮小化
教育の世界での幼稚化、特に市民的能力の育成よりも単なる科目学習に重点が置かれている現状は、深刻な問題だと感じました。真の教育とは何かを問い直す必要性を強く感じさせられました。
システム思考の欠如
この問題は、批判的思考や複雑な問題解決能力(システム2思考)よりも、直感的で単純な思考(システム1思考)を推進している可能性があります。これは、将来の日本社会の問題解決能力に大きな影響を与える可能性があり、早急な対策が必要だと考えられます。
結論
「新しい戦前」は、現代日本社会が直面する複雑な問題を多角的に分析し、読者に深い洞察を提供しています。本書を通じて、私たちは日常生活の中に潜む様々な問題点に気づかされ、社会の在り方や個人の生き方について再考を促されます。
著者の鋭い観察と批判は、時に不快感を覚えるほど痛烈ですが、それこそが私たちの社会をより良いものにするために必要な視点なのだと感じました。この本は、現代社会を生きる私たちに、批判的思考と自己省察の重要性を改めて認識させてくれる貴重な一冊です。
「本当の自分」と言うイデオロギーに染まらずに、もっと自由に多様に、自分自身や社会の可能性を探求していきたいと思いました。
そこで1句。
野中恒宏