ブランコ
黒沢明の映画に「生きる」というのがある。
定年間近の官吏が、自分の体ががんに侵され余命いくばくもないことを悟る。
残された時間を何に使うか。
酒か。
女か。
彼が最後に思いついたのは住民のために公園を作ろうということだった。かつては事なかれ主義の権化であった彼が先頭に立ち苦心惨憺、ついに公園が完成する。
その公園で夜一人、ブランコをこいでいる姿が忘れられない名場面であった。
生後7ヶ月になる娘を連れて正月に妻の実家に帰省した時のことである。
義父がプレゼントがあると言って見せてくれたのは小さなブランコであった。
親戚が集まり宴が始まると娘をブランコに乗せてみようということになった。ブランコに座らせゆすってやると娘は声を立てて笑った。
理由は即座にはわかりかねたが、その時の印象はあの黒沢の映画の一場面とそっくりであった。
生まれ来たものと死に行くもの。
およそ正反対の両者から同じ印象を受けたのは、世俗の欲とは無縁の最も純粋な生のあり方をそこに見て取っていたからだと気付いたのは大分あとになってからであった。