ツインになれない者たち 小川一水「ツインスター・サイクロン・ランナウェイ」

(真ん中までネタバレなしです)

小川一水「ツインスター・サイクロン・ランナウェイ」は今から7000年後くらいの遠い星系の惑星「ファット・ビーチ・ボール(FBB)」を舞台に少女たちが漁業をするSF小説です。

少女、漁業、SF……とくればもう、これは百合です。
百合以外のなにものでもありません。

主人公はテラ・インターコンチネル・エンデヴァ。二十四歳、高身長、自作の昏魚(ベッシュ。FBBに生息する炭素とか資源でできた魚介類)を妄想するのが好き。漁に出るためのパートナー(=結婚相手)である男性をなかなか捕まえられずにいる。

もうひとりの主人公は18歳の少女、「ダイオード(DIE-Over-Dose)」と名乗る所属不明の船乗り。この若さながらにして異常な航行経験を持つ。礎柱船(ピラーボート)の操縦手(ツイスタ)を見つけられずに落ち込むテラの前に現れ、いっしょに漁に出ることを(半ば強制的に)誘う。

ドラマとしても物語としても、とてもわかりやすくてのめりこみやすいサクセスストーリーです。想像力の強さゆえに、可塑性の強い粘土でできた礎柱船(ピラーボート)を奇天烈に変形させてしまうテラと、行き場をなくした家出少女のダイオード(ありえないほどの航行技術を持つ)はお互いの「癖」を受け入れながら徐々にひとつになっていきます。

立ちはだかる障壁はとても大きく、また打ち破りづらいものとして描かれます。

まず、氏族の問題。
基本的に礎柱船は男女のペアで動かします。礎柱船は地球の漁業船同様に、それぞれの家庭で受け継がれていくものです。そこで、女性であり船主であるテラは他氏族の男性を見つけて婿養子にしなければいけません(同氏族間の結婚はNG)。

さらに性別の問題。
「礎柱船(ピラーボート)は男女で動かすべし」とするのは主に慣習に依ります。なかでも根深くあるのが「女性は瞬発的な判断力に欠けるからツイスタ(操縦手)にはなれない」という意識です。男尊女卑、とまではいきませんが、少なくとも船の上にはそういった考えが持ち込まれます。

つまり、女性同士でありしかも氏族の違うテラとダイオードはどうあがいても漁には出られないのです。

ではどうやってふたりはこの古い価値観で縛られた世界に、自分たちの存在を認めさせていくのでしょうか……? そしてふたりはこの謎に満ちたFBBで何を見、何を釣り上げるのでしょうか……?

それはぜひ本書で……。

_______________

以下ネタバレ感想です。

_______________

いつだって、新しい世界を創造するのはツインになれなかった者たちだ。
そんな言葉が読後に思い浮かびました。

そもそも、それまでの統治力皆無な指導部を一掃して周回者(サークス)の社会を作り上げたのもマギリとエダというふたりの女性でした。彼女らは社会通念におけるツイン(男-女、統治-被統治)を否定し、自らのツイン(女-女、氏族-氏族)を見出したのです。


想像力の高さ故にパートナーを見つけられないテラと、女性であるという理由でツイスタになれなかったダイオード。
彼女らも社会でツインになれない、周回者(サークス)社会においてははみだしものです。

でも、そのふたりが物語で挙げた功績は非常に大きい。

もしも私が周回者の社会に生きていたらどうだろう、と考えます。
読者としてではなく、実際の住人として。

たぶん私は無難に生きていると思います。外壁の修繕をする船外作業員になったり、役所で働いてたり……(生まれがよかったら礎柱船のツイスタになれるやもしれませんが高望みですね)。

で、族長と同じようにこう言うんだと思います。
「女はツイスタに向かない」
「使われていない礎柱船は取り上げるべきだ」
などなど。

現実の社会だって私は同じです。いつだって他人の意見が自分の意見だと思い込んで、根拠もないのに人を責めたり、責められたりする……それはすごく楽だからだと思います。惰性で生きる方が、人間は生きやすいし、それが正解でもあると思います(重力に身を任せていた方が、ちゃんと立っていられますし)。

だからこそ、テラとダイオードのふたりの姿がまぶしいのではないでしょうか。ツインになれず、自分たちのツインを見つけていくふたり。
そんなふたりが、因習にまみれた世界を変えていく。
嵐のように。


ツインスターが、サイクロンで、ランナウェイ!



これ以上ぴったりなタイトルもないと思います。

はみだしもののふたりが双星になり、社会に嵐を巻き起こし、やがて星々の彼方へ笑いながら駆け足で去っていく。

その姿を思い浮かべるだけで、私はなんだか力がもらえる気がします。
とてもとても、素晴らしい一冊でした。
続編を期待しつつ、それまでは何度も読み返したいです。

ここまでお読みいただきありがとうございました!

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?