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#69. 北極圏の海獣たち *(s)kʷálos [whale]

英語は、海を渡って来た西ゲルマン語群のアングロ・サクソン人が話していた言語を元にしているので、北極圏の海獣たちを表す言語が古英語の昔から元来沢山あるのかと思いきや、やはり、接触があったもののみのようだ。前回は アザラシとアシカについて見た。

ラッコ (sea otter) や トド (Stella sea lion) は生息地がオホーツク~カムチャツカ~アリューシャンと、北極に近くても太平洋側なので、古英語からの単語はない。セイウチ (walrus) は 古英語の単語 horshwæl があったが、オランダ語の walrus に取って代わられた。イッカク (narwal) は オランダ語かデンマーク語からの借用で、語源は古ノルド語 nár (“corpse”) + hvalr (“whale”) からだ。イギリスが海洋国家として覇権を握る前にはオランダやデンマークが制海権を握っていたことを匂わせるのかもしれない。イルカ (dolphin) は 古英語の mereswīn (“sea pig”) があったが、ラテン語の delphīnus に取って代わられてしまった。

クジラ (whale) は古英語 (hwæl) の時代からそう呼ばれているようだ。whale を 印欧祖語まで遡ると *(s)kʷálos だが、同語源のラテン語 squalus (“shark”) の意味などを考えると、もとの意味はサメやナマズを含む「大きな魚」全般を指しているようだ。*(s)kʷálos は インド・イラン語派に行くとアヴェスタ語で kara が 魚に関係する語としてあるくらいで、サンスクリットでは関連語が全くなくなる。

に関する語は印欧祖語でひとつには遡ることができず(西印欧祖語 *peysk-:ゲルマン語派・イタリック語派など。 東印欧祖語 *dʰǵʰu-:バルト語派。インド・イラン語派:*mátsyas など) 全く共通していないので、クジラのような大魚の言葉に、共通のものがなくとも不思議ではない。

*(s)kʷálos からの同語源で、古ノルド語 reyðarhvalr (“fin whale”) から来た、シロナガスクジラ (rorqual) という語もあるようだ。グリムの法則に則り印欧祖語 kʷa- は hʷa- になるはずで、古ノルド語では rhvalr となっているのに、なぜ -qual と kʷa の音が復活しているかというと、ノルウェー語 (ニーノシュク) で røyrkval と、/k/の音が再び現れているからのようだ。ここは詳しくは辿れなかった。ただ、直接的には ニーノシュクの røyrkval が英語に入っている。

クジラとイルカの違いは大きさだけの違い。ワラビーとカンガルーも実は大きさだけの違い。中間のワラルーというのもいるようだが、もともと、現地語で特定の種を呼ぶ呼び名だったようだ。

鳥が眺めているような上空から斜めに見下ろした図を「鳥瞰図」というが、海底の地形を俯瞰した図を鯨瞰図というらしい。鳥瞰図は "Bird's-eye view" や aerial view、aerial viewpoint、overhead view などの言い方もあるようだ。では 鯨瞰図 は "Whale's-eye view" というのかとおもいきや、それはただのカメラを取り付けてクジラ目線で撮影した映像のことのようだ。ピッタリではないかもしれないが、海底地形図という意味で、"map of the ocean floor" とか "bathymetric" というようだ。

bathymetry とは「水深測量」のこと。英語の bath とは関係がなく、ギリシャ語の βαθύς (bathús, “deep”)+-μετρία (-metría, “measurement”) から来ている。βαθύς (bathús) の語源は 印欧祖語の *gʷeh₂dʰ- (“to sink, submerge”) のようで、以前に取り上げた *gʷeh₂bʰ- (“to be deep; to submerge”) とも関係があるようだ。

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