見出し画像

僕の先生の話

叔父さんのことが大好きだった。
叔父と姪という関係だったから、憧れの人という気持ちに収められていたが、彼がもし自分の学校や塾の先生だったら、きっと恋をしていたと思う。そして彼は、僕のそういう幼い恋心を、優しく窘めてくれていただろう。

彼は映画に連れていってくれたり、当時彼が住んでいた、僕の祖父母の家で深夜アニメを一緒に観たり、本がいっぱいに詰まった大きな本棚から、僕が気になると言った本をいくつかくれたりした。
歴史や哲学、その他のあらゆることについて、教えてくれ、まだ小中学生だった僕と対話してくれて、初めて歴史の本をくれたのも彼だった。
僕に新しい世界を見せてくれて、知らないことを教えてくれる姿に憧れていたんだと思う。
知的好奇心が旺盛で、知らないことを知っていくことに躊躇いの無い、聡明な人に惹かれがちなのは、きっと彼のせいだ。

彼が不惑を過ぎてから結婚すると知ったとき、僕は嬉しいと思うよりも先にショックを受けてしまった。
もう叔父さんと前みたいに会えなくなる。
僕のもとから離れてしまう。
結婚は諦めてるって言ってたのに。
彼女がいるなんて知らなかった。
僕はもう、自分で世界を知っていかなくてはいけない。

それから、彼と会うことはほとんどなくなってしまった。
彼は結婚して、あっという間に自分たちの家を建て、今は子育てに邁進している。子供が生まれてからすっかりお父さんになった彼を一度見たとき、もう「僕の」叔父さんではないんだなと、それまでの子供みたいな悲しさは霧消してしまった。
きっと自分の子供にも、僕にそうしてくれたように、いろんな世界を見せてあげるんだろう。英語や体操の教室に通わせたり、最近は家族でよくキャンプに行っていると、彼の奥さん(つまり僕の叔母になった人)から聞いている。

僕はもう、一人で映画も観に行くし、気になる本は大抵自分で買えるし、歴史は大学でも専攻して、今でもときどき調べものをする。
だけど、叔父さんと観たテルマエ・ロマエとミッション・インポッシブルは格別に面白かったし、彼から貰った乙一先生の本を読んだときの、胸がぎゅーっとなる切なさは今でも忘れられないし、彼と話した雑学的な歴史の話は大学の講義と同じくらい興味深かった。
僕の知的好奇心を枯らすことなく上手く育ててくれたのは紛れもなく彼で、彼がいたから僕の世界は昔からずっと広いままだ。彼が大切にしてくれた僕の「世界に対する興味」が、僕を生かしてくれている。

彼に育てられている僕の従兄弟はきっと、世界が人よりちょっと不思議にきらきらして見える、好奇心旺盛な人に育つだろう。
僕の今の夢は、その子の手を取って、世界をもう少しだけ面白く見せてあげられる、絶妙な距離感の親戚になることだ。

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集