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ピンチはチャンス

前回の記事に続き、ジョギングの話になります。

コロナ禍になってからというもの、運動不足解消のために休日の朝に走るようにしています。詳しくは前回の記事も参照して頂ければ幸いです。

さて、今回は日々のランニングの練習について。

「どうしてへこたれずに毎週走れるようになったのか」

ちょっとした、いやいやその時の私にとっては大ピンチだったのですが、走れるようになったエピソードをご紹介したいと思います。

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こちら、二週間ほど前に参加した埼玉ランフェスで10㎞コースを駆け抜ける私の姿です。大会のカメラマンが撮った写真で、父が購入してくれました。

これは普段ジョギングするときの私の格好そのものなのですが、注目いただきたいのは腰に巻いたポシェット。

この中に、スマホ、財布、給水用スポーツドリンクが入っております。特にスマホと財布は必需品です。長距離を走れるようになったこと、そしてこの装備になったことのには理由があります。


今のように走る習慣がなかったころは、10㎞超えの長距離を走るなんて自分にはできないと思っていました。ですがコロナが蔓延し始めたおととしの2月頃から、運動不足解消のためにジムの代わりに2~3㎞からジョギングを始めました。ジャージ姿で、ポケットに家の鍵だけ入れて、今と比べるとかなりラフな格好で走っていました。

そんな感じでゆる~っと短めの距離を走っていたおととしの3月。その日は夕方走り出し、割と体も軽く、調子がいいような感じがしました。そこでふと思ったのです。

「この道を突き当たるまでずーっとまっすぐ走ってみよう」と。


足取り良く、私はひたすらまっすぐ走り続けました。

しかし、走れども走れども突き当たりは見えてきません。

時計も持っていなかったので時間の感覚もわからなかったのですが、うっすらと暗くなってきたので右に曲がることにしました。すると、駅のロータリーにたどり着きました。しかも、自宅の最寄り駅から三駅先の駅まで来ていました。この時点で約9㎞走っていることになります。もちろんこれで引き返そうと思ったのですが、ここで私は余計なことを考えてしまいました。

「同じ道を引き返してもつまらないから、違うルートで帰ろう」


そう思ってろくに散策したこともない駅の、渡ったことのない踏切を渡って小さい道に入ったが最後、道に迷ってしまったのです。

「こっちならいけるはず」「多分右に曲がれば広い通りに出られるはず…」と自分の勘だけを信じて適当にあちこち曲がってしまったせいで先ほどの踏切の位置も見失い、完全に自分がどこを走っているのかわからなくなってしまいました。人気の少ない商店街に迷い込み、景色も暗くなってきて、不安がどんどん募っていきました。

さらにまずかったのが、家の鍵以外何ももっていなかったこと。家族に迎えに来てもらおうにも連絡手段がありません。道行く人に駅までのルートを教えてもらって電車で帰ろうにもお金がありません。嗚呼、現代においてスマホとお金は常に必需品なのだ…と身に沁みて勉強になりました。

汗だくになって、不安のあまり涙目になりながら薄暗い商店街を走り続ける成人女性。足は痛いし体力的にもかなりきつくなっていましたが、足を止めたら心が折れて本当に泣き出してしまいそうだったので、意地で走り続けました。

本気でヒッチハイクするか考えながら細い坂道を上がった時、偶然でしたが行きの道で走っていた大通りに戻ることができました。その時は思わず「良かった…!」と口に出していました(笑)まあ、そこからさらにまだ7~8㎞走って帰らないといけないんですけどね。

「良かった、良かった…!」を連呼しながら、行きと全く同じ道を走ってどうにか帰宅することができました。夕方4時過ぎに家を出て、帰宅したのは6時半。2時間半近く走り続けていました。あとになって調べてわかったのですが、距離としてなんと約20㎞走っていました。

迷子になって泣きそうになるという傍から見ると笑われてしまいそうな話ですが、自分の中では本当に不安で怖くて社会人になってベスト3に入る大ピンチでした。

しかし、このピンチのおかげで意図せず「自分は2時間以上走り続けられる体力がある」ことが実証されたのです。

それ以降、1回あたり平均10㎞~15㎞のジョギングを毎週、継続することができるようになりました。もちろんどんな道を走るときもスマホとお金は必需品で、暗くなっていくのが怖かったので朝走るようになりました(笑)

継続して走っているおかげで、コロナ禍においても運動不足には縁がなく、体力や筋力がついたのも実感しています。マラソン大会にも以前より自信を持って出場できました。ピンチはチャンスといいますが、まさにその言葉を実感したエピソードでした。

きっと人生においては、こんなもんじゃない試練がたくさん待ち受けているのでしょう。その時は無茶苦茶きつくても、未来の自分にとっては「あの時こんなきついことがあったけど、おかげでこんなことができるようになったんだ」と笑って話せるようになれたらいいなと思います。

今読んでくださっている皆さんも、そういった経験をされて前を向いて生きているんですよね。他の方の記事を読んでいても、こんなもんじゃない壮絶な体験談を書かれている方もいて、本当に皆さん強く生きているなあと尊敬します。

私も頑張って生きていこう。

ここまで読んで頂きありがとうございました。ではまた次の記事で!



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